森カズオ
文字のある風景⑤
『国字』~日本でつくられた漢字たち~
「鯰」
さて、この字はなんと読むでしょうか?
魚遍に念と書いていますが、この字は「なまず」と読みます。川や池などの淡水域にいるウロコのない口の大きな魚ですね。長く伸びたヒゲも特徴で、なんともユーモラスな姿をしています。なまずは、江戸時代には、地震を起こす原因とされていて、地震封じのお札などに描かれていました。ちなみにその絵札を“鯰絵”と呼んだりします。
なんだか、お寿司屋さんのお湯のみのようなお話ですが、魚遍にいろいろな漢字を組み合わせて特定の肴を示す字をつくることが、日本では昔から行われてきました。
「鰤(ぶり)」「鯛(たい)」「鮪(まぐろ)」「鱈(たら)」「鰡(ぼら)」「鱚(きす)」「鯉(こい)」「鮒(ふな)」「鰌(どじょう)」「鯨(くじら)」「鯱(しゃち)」「鮑(あわび)」などなど、枚挙にいとまがないほど、あらゆる…といっていいほどの魚たちが漢字になっているのです。
実は、これらの魚の名前の漢字の多くが「国字」と呼ばれる日本でつくられた漢字なのです。「和製漢字」とか「和字」「倭字」「皇朝造字」などとも呼ばれている漢字に倣って日本でつくられた文字なのです。日本での漢字の歴史は紀元3世紀頃の「漢委奴国王」と刻まれた金印(中学校や高校の歴史の教科書に載っていたアレですね)などが最初期の漢字事例として知られています。その後、日本では漢字を基にして、ひらがなやカタカナが独自につくられていくのですが、国字も同じような成り行きで生まれたのかもしれません。はっきりとした誕生の時期は、まだよく分かっていないのです。
魚の名前の字の他に、「峠」や「畑」「榊」「辻」などの字が国字として知られています。“山を上ったり下ったりするから峠”とか“焼いて耕す田んぼのような畑”“神様の木だから榊”“道が交わるところだから辻”。いずれも、ビジュアル的によく分かるつくり方ですね。まったく、日本人の造字のセンスにはシャッポを脱がずにはいられません。他にも“風が止まるから凪(なぎ)”だとか“風が木を揺らすくらい強く吹く凩(こがらし)”あるいは“人が動くから働く”や“新しいことを口にするから噺(はなし)”や“毛を少なくするので毟る”だとか、まったくもってシャレ気のある字が多いのです。
こんなセンスあふれる国字ですから、本家本元に逆輸入された字もあります。それが「鱈」。冬に獲れるからだとか身が雪のように白いから…など造字の由来には諸説ありますが、中国でも「鱈」鵜はタラと認識されているようです。漢字を超えた国字といってもいいのかもしれませんね。
ところで、少し国字とは違う話になってしまうかもしれませんが、日本と中国で同じ字でも違う魚を表わす字があるのをご存知ですが?それは「鮎」。日本では夏の風物詩であり、淡水魚の宝石とも称される「アユ」を指しますが、中国に行くとこの字は「なまず」のことになります。「鮎」の造字の起源は、神功皇后が戦の勝敗をアユを使って占ったから(だから魚遍に占う)といいますから、これも国字の一種なのかもしれません。なんとも不思議ですね。同じように意味が変わる字としては「嵐」があります。日本では、暴風のことになるのですが、中国では山の清々しい雰囲気を伝える字だそうです。
いろんな発想をもって字がつくれるのは、表意文字である漢字の魅力のひとつ。独自につくってみるのも楽しいかもしれません。例えば魚遍に天と書いて「クロマグロ」とか…。シャレをきかせて遊べば、楽しい脳活ができるのではないでしょうか。