生田信一(ファーインク)
築地活字で活字鋳造の現場を見学しました
前回のコラム「「字心」──活版・活字をエンターテインメントに!」では、字心プロジェクトを推進する横浜の株式会社なまためプリント、株式会社アーリークロスをご紹介しました。今回のコラムは字心プロジェクトの核となる活字鋳造メーカーの株式会社築地活字さんにお邪魔し、代表取締役社長 平工希一さんにお話を伺いました。さらに活字鋳造職人 大松初行さんに鋳造の工程を解説いただきました。
活字の鋳造現場にお邪魔する機会はめったにありません。そこで活字好きのデザイナーさんや活版印刷研究所サイトを運営するクリエイターさんに声をかけて、私を含めた4名で見学させていただきました。賑やかな見学会になり、初めて見る活字の鋳造工程に一同興奮、驚きと感動の連続でした。
活字の重みを実感する活字鋳造の現場
築地活字は1919(大正8)年の創業から100周年を迎えます。 築地活字さんのホームページでは、会社の創業について以下のような紹介があります。
「初代・平工太三郎が博文館印刷所(現共同印刷)と提携して、活字と印刷材料の販売を目的とし、築地活字の前身「横浜博文館」を横浜市中区南太田町の地に創業したのは1919(大正8 )年6月のことでした。小社の創業以来のシンボル・マーク「丸に HP 」はそのときから用いられており、その由来は「博文館プリント」からとられたものとされています」
会社の入り口には創業当時の社屋と社員の写真が飾られていました(写真1)。社屋のドアには「丸に HP 」のマークが掲げられています(写真2、3)。
「築地活字」の社名の由来については、以下のように述べておられます。「社名を、活字界では別格の連想を抱かせる「築地活字」と名乗ったことの由来は詳しくは伝わっておりません。ただ改称したころに、日本鋳字株式会社の鋳造設備の一切と、人員を授受し、その中に1938(昭和13)年に廃業した東京築地活版製造所の活字母型も一部継承したために、活字界では名誉ある名称を名乗ったとされています。いずれにしても1970(昭和45)年には活字母型26万個を所蔵し、業界屈指の設備を有するにいたりました」
会社に入ってまず驚くのが、活字を収納する棚(スダレケース)のボリュームです(写真4、5)。母型は別の収納棚に収められています(写真6、7)。
活字の魅力について、築地活字のホームページでこのように書かれています。素敵な文章ですので、少し長くなりますが引用します。
「活字には三つの「重み」があります。
一つめは歴史の重みです。グーテンベルクの活字版印刷発明以来、活字は550年以上もの歴史を活版印刷と共に歩んできました。
二つめは手間の重みです。種字から活字母型を造りあげる母型職人の手間。永年の経験から微妙なズレを修整しつつ活字を造りあげていく鋳造職人の手間。こうした連綿と受け継がれる職人の技術が、かけがえのない重みのひとつであることは忘れられるべきではありません。
三つめは質量としての重みです。活版活字は手で触れることのできる、現実に存在する物体です。今日の主流、コンピューターのデジタル化された仮想活字と違い、活版活字はまぎれもない本物です」(Webサイト「株式会社 築地活字*築地活字について|《活版活字によせる思い》」より)
また、次の一節も私の大好きな言葉です。
「こうした活字の「重み」は、印刷された紙面にも痕跡として残されます。以前こんなことを私の父が言っていたそうです。「今の新聞の文字よりも、昔の新聞の文字の方が、目が疲れない。それは活版で組んだ字の凹凸からくる、印刷面の微妙な色の濃さの違いが目を休めるからだ」私はそんな活版活字に、いまだ魅了されてやみません」
活字鋳造の工程
社屋の奥には、活字鋳造機が6台並んでいます(写真8)。八光自動活字鋳造機が5台、林榮自動活字鋳造機が1台。昭和40〜45年頃に製造された機械で、今も現役で使っています。林榮は八光より以前に作られたもので、この機械は現在ほとんど残っていないのではないか、とのお話しでした(写真9〜12)。
鋳造とは金属を溶かし、鋳型に入れて鋳物(活字)を造りだすことです。金属活字の元になるのは鉛、錫、アンチモンの合金です。活字になる前の地金(インゴット)を持たせていただきました(写真13)。ずっしりと重い金属の塊です。「最近は地金屋さんが少なくなり、調達するのに苦労しています」と平工さんは話します。
「地金」を活字鋳造機の炉の中で350〜400度くらいで熱して溶かし、液状にします(写真14)。液状になった合金を鋳型に流し込み、水で冷却することで瞬時に活字が造られます。鋳造機の裏側には水道から水が供給され、機械の中に流し込まれるしくみになっています(写真15〜17)。
活字は出来上がった直後は、背の部分にしっぽのような形状が付き、これを「贅片(ぜいへん)、jet(ジェット)」と呼びます(写真18)。贅片(jet)の役割については、サマラ・プレス倶楽部 Glossary 活版印刷用語集に詳しく解説されていましたので以下に引用します。
「jetはジェット機と語源を同じくし、噴出・射出をあらわす言葉です。贅肉(ぜいにく)と同様に、余分で不必要なものとみられて、贅片とされますが、実は活字鋳造の際に鬆(す/空洞部分)の発生を防ぐ押し湯の働きをなすといった大切な役割があり、活字の尻尾のような形状をしています。手回し活字鋳造機では贅片を手で折り取り、その後を仕上げカンナで平滑になるように処理していました。のちに自動活字鋳造機が登場してからも贅片はのこりましたが、機械的に除去されるようになりました」
しっぽのような贅片(jet)は、活字の高さが一定になるように削られ、その削られた溝の部分が「ゲタ」になります。活字で組版(植字)する際には、読みがわからない文字や、活字がない場合は、活字をひっくり返して校正刷りをしていました。これを印刷すると「〓」のように印刷され、ゲタの歯に似ているところから「ゲタ字」と呼んでいました。
ちなみに、今のPC環境でも「げた」と入力すると「〓(げた)」の記号が表れます。PCで入力できない文字がある場合は、とりあえず「〓(げた)」記号を入れて処理することがあります。
金属活字の1つ1つは細長の立方体で、ハンコのような形状です。日本語の文字は正方形の枠の中に収まっています。この外枠を「ボディ」と呼びます(デジタルフォントでは「仮想ボディ」と呼びます)。活字を並べて文字を組む場合は、ボディが“物理的な”文字サイズになりますから、鋳造の工程では、ボディを精密に造ることがとても重要です。また、欧文の場合は文字によりボディの形が異なります
(写真19)は、鋳造現場に貼られていた活字の文字サイズの換算表です。この表にはポイント、インチ、ミリ、号数の値がわかるようになっています。たとえば、5号が10.5ポイント、ミリ換算すると3.69ミリとなっています。
見学では、鋳造機で作られた活字を計測し、機械を調整するプロセスを見せていただきました。(ムービー1)は母型をセットしない状態で活字を鋳造する様子を撮影したものです。この活字を4つ並べて器具を使って正確なサイズを測ります(写真20)。活字の幅、高さが規定の値になっているか、試し鋳込みとチェックを繰り返し、鋳造機を微調整します。
見学の途中に、レバー操作を体験することができました。(写真21)は、同行した荒谷修平さんが操作を体験しているところです。
サイズの調整を終えて、母型をセットし、いよいよ活字の鋳造です。鋳型の先端に「母型(文字の型)」をセットし、活字の字面をつくります。「母型」は真鍮でできた金属で、文字が左右反転して彫られています(写真22)。選んだ母型の文字は「令和」の「令」です。
サイズの微調整が終わり、いよいよ活字を鋳込んでいきます、鋳込まれた活字が次々と機械から押し出されてきます(ムービー2)。この段階でも、文字の中心が正しい位置にきているかをチェックします。
出来たばかりの活字を手にしてみました。高温に熱せれれた金属は水で冷却されると、熱をほとんど感じません。拡大して眺めてみましょう(写真23、24)。
欧文活字の場合の製造時の注意点を教えていただきました。欧文の文字は基準となるライン(アセンダ、ベースライン、ディセンダ)があります。たとえば、小文字の「g」や「y」の文字は、文字を組んだ時、ベースラインより下にはみ出します。組んだ時、ベースラインに沿ってきれいに揃うようにするには、鋳造段階で文字位置を正確に調整する必要があると、大松さんは説明します。
欧文活字をチェックするための器具に「反面見(はんめんみ)」があります。使い方を説明していただきました。たとえば、欧文活字を並べて器具にセットし、ベースラインより下にはみ出した部分(ディセンダ)が揃っているかどうかをルーペで確認できる構造になっています(写真25、26)。活字を組んだ時の全体の様子をイメージしながら文字位置を微調整するのですから、活字を鋳造する人はタイポグラフィの深い知識が求められます。
出来上がった活字の写真です(写真27)。「令和」の「令」と、「崎」の異体字の「﨑」を鋳造しました。
活字と活版印刷のこれから
築地活字さんは、店頭で活字を買い求めることができる数少ない会社の1つです。遠方であれば専用のオーダーシートにほしい活字を記入してメールやFAXで送れば、発送してくれます(写真28)。オーダーシートはWebページ「築地活字の活版活字」からダウンロードできます。
また、(写真29、30)の「築地活字 書体見本帳」では、築地活字が所有している活字を見ることができます。日本語の書体では、明朝、長体、角ゴヂ、丸ゴデ、正楷、教楷、清朝、宋朝、隷書、行書、草書の漢字、平仮名、片仮名の見本のほか、書体の大きさの見本、記号と約物、花形見本のページがあります。巻末の見開きページでは、金属活字の基本的な解説も載っているので、手元にあると便利です。
また、近年のプライベート・プレス再興による金属活字の需要の高まりを受けて、築地活字では時代の要望にあった魅力的な商品を用意しています。たとえば、新たに活字を揃えたいと考えている人には、活字のセット販売がお勧めです。築地活字のサイトでは「満を持して放った正しく百花繚乱の『装飾花形』をはじめ、かねてよりご要請頂いていた『欧文活字セット販売』とさらに『平仮名、片仮名のセット販売』を新しくラインナップに加え充実した品揃えを誇っています」と謳い、商品を紹介しています。最新の活版情報は築地活字のTwitterをチェックしてみてください。
活字を使った名刺などを作ってみたい方は、築地活字に相談してみるとよいでしょう。「来店される方へは、初めに樹脂版で作るのか、金属活字で作るのか尋ねるようにしています。8割くらいのお客様が金属活字を望まれます」と平工さんは話します。価格もリーズナブルで、「正楷,明朝,ゴジック体など通常書体の活字組版印刷は、片面6,000円より、宋朝体や特殊書体の活字組版印刷は片面8,000円より」と案内されています(価格は変動するので、都度、お問い合わせください)。詳細は「株式会社 築地活字*活版印刷 受け賜ります」のページを参照してください。
入り口には、さまざまな印刷版の見本や器具が展示されています(写真31、32)。奥には手キンの印刷機も設置されています(写真33)。活版印刷にご興味のある方は、ぜひ覗いてみることをお勧めします。また、同社のホームページでは、築地活字以外で活版印刷を頼めるおすすすめ先のリスト(神奈川県下)が公開されていますので、お近くの印刷会社やお店を探してみてください。
平工さんに近況を伺うと、なかなか厳しい言葉が返ってきました。「つい最近、近くの製版屋さんが廃業してしまうなど、神奈川の活版印刷を取り巻く状況はますます厳しくなっています」と語ります。活版印刷の文化をどのように残し、ビジネスとして成り立たせていくのか、日々試行錯誤されておられます。
平工さんは、なにわ活版印刷所さんが取り組んでおられる「活版レスキュー」の活動に加わり、廃棄される活版印刷機や活字の資産を次の世代に受け渡す活動にも熱心に取り組まれています。活版の印刷機器の設備と技術を次の世代に受け渡すための、なくてはならない活動です。
最後に、貴重な見学会の機会を設けていただいた築地活字さんには改めてお礼申し上げます。私自身、貴重な体験になりましたし、参加した他のクリエイターの皆さんも大満足の様子でした。
今回のコラムでは2回にわたって横浜を拠点に始まった「字心」プロジェクトの活動をお伝えしました。地域に根差した印刷文化の発展と継承という点でも、多くの示唆をいただきました。今後も「字心」の動きに注目し、応援していこうと思っています。
では、次回をお楽しみに!
[プロフィール]
株式会社 築地活字 平工希一
本年(2019年)、創業100年を迎える築地活字の5代目。父平工栄之助から事業を受け継ぎ、活版活字の製造販売や活版印刷の受注は勿論のこと、鋳造見学体験会やワークショップなども開催。また、「活版TOKYO」など各種イベントにも積極的に参加し、新しい活版のニーズ拡大に努めている。地元横浜では、2013年、2014年と「活版 横濱」を開催している。
一般の人たちが手軽に活版を楽しめる活字ホルダーの販売など、販路を広げている。
ちなみに岩田母型製造所の創立者である岩田百蔵は、母方の祖父にあたる。
ホームページ:http://tsukiji-katsuji.com
Twitte:https://twitter.com/6BSVh7bhSktC79j