白須美紀
手染め友禅紙の魅力を伝えるために
RE:KAO
魅力あふれる手染め友禅紙
ある冬の日の午後、RE:KAOを主宰する楞川かおりさんは、書家やイラストレーターの女性たちとともに、京都府南丹市の染色工場を訪れていた。昔ながらの技法で和紙に手摺りの型染めを行い、手染め友禅紙をつくっている現場だ。
長い染め台の間を大きなスクリーンの版を抱えて職人さんが行き来し、全身を使ってヘラで顔料を刷り込んでいく。スクリーンを持ち上げると紙の上に、繊細で美しい友禅の文様が現れる。職人さんたちの大胆な動きに対して、生まれる文様が細やかなのが印象的だ。版は1色につき1枚なので、5色を使った文様ならこの作業が5回繰り返されることになる。よどみなく作業する職人さんたちの姿も、文様が見事に刷り上がっていく様子も、圧巻だった。
かおりさんは明治創業の和紙問屋「カドカワ」4代目である夫の耕司さんをサポートしながら、この手仕事が生み出す美しい手染め友禅紙を伝えるため活動している。
「今日はRE:KAOで取り組む新しいプロジェクトのためにアーティストの方をご案内したんですよ。手染め友禅紙の工場はいくつかあって、わたしもここを訪れるのは初めてなのですが、若い職人さんが活躍されていて本当に嬉しいです」
喜ぶ笑顔には、理由があった。伝統工芸の御多分にもれず、この手染め友禅紙も深刻な後継者不足に直面しているからだ。そしてかおりさんは「わたしの活動も現場を見ることからスタートしたんですよ」と、教えてくれた。
1冊の見本帖が運命を変えた
かおりさんが手染め友禅紙に出会ったのは2015年。子どもたちの手が離れ、家業である和紙問屋カドカワの事務を手伝いはじめて半年ほど経った頃だった。仕事中偶然に、商品棚に埃をかぶった一冊の見本帖を見つけたのだ。
カドカワの主な商材は建具用の和紙でふすまや障子に使われるものだから、かおりさんがふだん接するのは白い紙が中心だった。だがその見本帖は違った。一冊のなかに、カラフルな文様の紙が色とりどりにぎっしりと綴じられていたのだ。金色が目を引く華やかな配色もあれば、西洋風でシックなものもあり、多彩なうえに一枚一枚が驚くほど繊細だ。実はそれは、カドカワが箱屋さんに卸していた手染め友禅紙の見本帖だった。
「何て素敵なんだろう! こんな紙があるなんて知らなかった!!」
だが感動するかおりさんに対して、家族や社員などまわりの人々の反応は、意外にも冷ややかだったという。会社のメインは建具の紙であり、箱用の商いはほとんど手がけていなかったからだ。夫の耕司さんにいたっては、むしろ手染め友禅紙の取り扱いを止めようかと考えていたほどだった。
しかしその美しい紙は、かおりさんの心を掴んで離さなかった。
「会社の誰もが興味を持っていなくて、質問しても『よく分からない』というんです。そこでまずどうやって作るかを知りたいと思い、メーカーさんに工場を紹介してもらいました」
訪れたのは京都市伏見区にある染工場だった。初めて見る工場は感動の連続で、ものづくりの現場の空気や、職人さんたちの技術に圧倒された。そして、人懐っこいかおりさんは職人さんたちとすぐに打ち解け、色々な話を聞かせてもらったという。そのとき衝撃を受けたのが、「わしの代で終わりやねん」という60代の社長の言葉だった。
確かに現場は高齢者ばかりで若者がいなかった。伝統的な手染め友禅紙は安価な機械プリントにシェアを奪われており、最盛期に比べて注文が激減していたのだ。一枚ごとに手作業で仕上げるために時間がかかり、値段も高くなるのが原因だという。
しかし手摺りの美しさや存在感は、機械プリントとは比べものにならない。こんなに美しいものが無くなってしまうなんて、もったいない。そう思ったかおりさんは「それはあかん、わたし広めるわ!」と思わず社長に言ってしまったという。
「わたしが知らなかったみたいに、きっとまだ知らない人がいっぱいいるはず。だったらその人たちに知らせたらいい、と思ったんです」
その決意は強く、まっすぐで、確かなものだった。さっそく仕事やビジネスの交流会で会う人たちに、どんどん手染め友禅紙を紹介していった。やはり、とても反応が良い。インクジェットのプリント紙しか見たことのない人も多く「こんなに綺麗なの?」と驚かれてばかりだった。またSNSで発信すると、すぐに海外からも反響が来た。そのたびにかおりさんは手応えを感じ、直感は確信へと変わっていった。そして気づくと半年ほどでRE:KAOを立ち上げていたのだった。
手染め友禅紙を世界へ
RE:KAOでは、手染め友禅紙そのものや、友禅紙でつくった箸袋、アクセサリーなどを販売するほか、イベントなどで手染め友禅紙の紹介やワークショップも行っている。
思い出深いのは、2018年にはUEAのシャルジャで行われる「世界国際ブックフェア」に招かれたときのことだ。慣れぬ異国の地で、かおりさんは着物姿で折り紙ワークショップを行った。
「言葉は全く通じないし、折り紙アーティストのような扱いを受けるしで、初めは少し戸惑っていたんです。でも、手染め友禅紙を見て『キレイ、キレイ』と目を輝かせる現地の人々を見ているうちに、そんなことどうでもよくなっていました」
と、振り返る。現地の人々もまた、あの日はじめて見本帖を見つけた時のかおりさんと同じだったのだ。そして、染め方をレクチャーすると、アラブの人々がとても感動してくれたという。
「この紙の魅力は世界に通じるのだと確信し、海外の人たちに伝えたいと思うようになりました。帰国してから、英会話も始めたんですよ」
紙自体の魅力はもちろんだが、明るくまっすぐに頑張るかおりさんの魅力もまた人々を惹きつける。「一緒にやりましょう」という人たちが次々に現れて、どんどん輪が広がっているのだ。
祇園で雑貨やアクセサリーのお店「花色組」を営む村田みさおさんもそんな一人だ。かおりさんとのご縁をきっかけに手染め友禅紙に魅せられ、店で扱う準備を進めている。洋画の額に入れて飾ったり、コースターにしたりなど、手染め友禅紙の魅力をうまく引き出している。コースターは、友禅紙を水に浸けたり乾かしたりといろいろ実験をして耐水性を確信し、製品化したのだという。
「プロの方にセンスよく形にしてもらえるのは嬉しいですね。わたし自身もまだ知らなかった手染め友禅紙の新たな魅力に気づかせてもらえます」
と、かおりさんも嬉しそうだ。また初めは反対していた夫の耕司さんも、今ではRE:KAOの活動をサポートするようになった。
「RE:KAOが縁で本業のつながりが生まれることもありますから、カドカワの広報活動の一環だと考えるようになりました。彼女にのびのびと活動させてあげるのが僕の仕事かな、と思っています」
と話す。ずっと側で見ていただけあって、かおりさんの人柄とまっすぐな情熱が人々を動かすことを、耕司さんは誰よりもよく理解しているのだ。
コロナの時代に、新たなプロジェクトを始める
そんなかおりさんが、従来の活動に加えて2020年からスタートさせたのが「シミワタル」プロジェクトだ。「和紙に落としたインクのように、深くじんわりと手染め友禅紙の魅力が伝わるように」という思いで名付けたという。コロナ流行のため商品を取り扱ってくれた店が閉店したり、イベントが中止になったりするなかで、新たに取り組みはじめたものだ。
「シミワタル」の柱は大きく3つある。
ひとつめは「価値を生み出す」。すでにある版以外に新たなデザインが生まれるようクリエイターとの橋渡しを行う。手始めに挑戦しているのが「RE:KAOオリジナル手染め友禅紙の開発」だ。カドカワとゆかり深いアーティストに原画を依頼してオリジナルの版を制作したり、既存の版を独自の配色で復刻させる。
ふたつめは、「価値を知る」だ。今までのワークショップに加えて、「工場と協力して行う見学会」を考えている。かおりさん自身がそうだったように、現場を見れば手染め友禅紙の素晴らしさはさらに伝わるし、実際見学したいという声も多い。職人さんたちの手を止めず、見学が利益を生み出せるよう事業化することを計画しているという。
そして3つめが、「価値を学ぶ」。つまり「教育」のことで、子どものうちから手染め友禅紙に触れてもらう機会をつくりたいという。
かおりさんは、未来の夢を教えてくれた。
「幼稚園や小学校に入ったときの子どもたちのお道具箱に、手染め友禅紙を1枚入れて欲しい。それがわたしの最終目標なんです。『実現したら安心して死ねるわ〜』って、いつも言ってるんですよ」
それは、2人の子どものお母さんだからこその、実感を伴うアイデアだ。見本帖との運命の出会いから今日までまっすぐに駆けてきたかおりさんを思えば、その目標もきっと実現させてしまう予感がする。
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