図書館資料保存ワークショップ
[図書館に修復室をツクろう!]60
『国際シンポジウム20世紀の和紙 ―寿岳文章 人と仕事―』展の世界
先ごろ(2021年10月16日)タイトルの国際シンポジウムがオンラインと向日市文化資料館会場とで開催されました。主催は寿岳文章人と仕事展実行委員会と向日市、共催は特定非営利活動法人 向日庵で文化庁の令和3年度文化芸術創造拠点形成事業でもあります。
発表はNPO法人向日庵理事長中島俊郎氏の「寿岳文章の生涯と和紙研究」、紙史研究者キャスリーン・A・ベイカー氏の「ダード・ハンターの功績について」、兵庫県多可町立杉原紙研究所・和紙博物館寿岳文庫山仲進氏の「寿岳文章収集和紙の資料的価値」、独立研究者、学術編集者兼翻訳者クレア・クッチオ氏の「文化の側面から見た南アジアの手漉き紙」、アーティスト、リン・シュアーズ氏の「アートにおける手漉き紙、その近年の動向」の5本、司会は京都大学教育学研究科教授佐野真由子氏です。私もオンラインで参加させていただきました。
今回の国際シンポジウムでの5本の報告はどれも、和紙にそれほど知識の無い私にとっても、和紙そのものの人間との深い関わりを教えてくれる意味深いものでした。
私の筆の力では、とても報告の内容を伝えられるものではないのですが、中島先生の「寿岳文章の生涯と和紙研究」は書物から始まるもので、私にも理解できるのです。たとえば、“寿岳が和紙の研究を志すようになったのは書誌学的な探求心にかられた結果であった。...略 寿岳はロナルド・マケロウの『文学研究者のための書誌学入門』(1927)を読み、雷にうたれたような衝撃を覚えた。そこには文学作品の本分テキストを決定するためには、一見無関係とも思われる印刷機構の細部なども深く関係することが、説かれていて、...略 「(和紙の研究は)書誌学からきた。 ...略 書物が好きでいろいろやっているうちに書物のいちばん大切な材料の紙にぶつかったのです」“と冒頭話されています。
図書館で働いていた者として、寿岳の書物に関わる研究と実践、それと和紙研究がぴったりと辻褄が合い、「ああ、そうだったんだ!」とあらためて胸に響きました。
山仲氏の報告では、50年前に寿岳章子氏から寄贈された段ボール箱13箱に入った和紙を地元ボランティアメンバーで「資料」として整理し、現在まで管理運営なさっている歴史を具体的に詳細に語られました。そのなかで寿岳の調査についても『和紙風土記』などの著書を引きながら説明されました。
そして『寿岳文章収集手漉紙 展示品目録』には産地ごとに紙をリスト化し、各和紙ごとに『紙漉き村旅日記』のその紙の該当箇所の文章を引用記入しています。
このリストと展示された和紙の現物を見比べて観ることができたら、またとない体験となるだろう。
と感銘を受けました。
このリストや5本の発表は参加者には、資料としてPDFファイルが配信されました。シンポジウムに参加されなかった方たちにも是非読んでいただきたい、またとないものなので、今後公開していただきたいと望みます。
そのほかの3本のご発表もどれも、中島先生曰く「(寿岳文章は)実践の人であった。」の言葉同様、ご自身の体験、創作を遥かアメリカからリアルに話され、興味深い、楽しいお話でした。
このWEB MAGAZINE前号で小梅さんが取り上げた象糞紙がクレア・クッチオ氏の「文化の側面から見た南アジアの手漉き紙」に登場したのには驚き、何かのご縁を感じてしまいました。
発表は日本時間では午前9時30分~午後12時30分までの半日に渡りました。途中で休憩時間が設けられ、バーチャル展覧会として「寿岳文章 人と仕事」の映像が配信されました。この展覧会はシンポジウム関連特別展として向日市文化資料館で本年9月18日~10月24日まで開催されたものです。
私は「寿岳文章 人と仕事」展は本年1月23日~3月21日まで、やはり向日市文化資料館で開催された折に拝見していました。バーチャル展覧会を見ているうちに、3月の展示会見学のおりの和紙展示会場の空気が蘇ってきました。
向日庵本などの展示会場を抜けてスロープを少し上がると、そこに開けていたのは和紙を収めた白木のケースが整然と並んだ、圧倒的な生成りの世界でした。
揃いの白木の額に収められているのは、ほとんどが漉かれたままの白い和紙、その産地は北は岩手県から南は鹿児島県にまでわたります。
シンポジウムの内容をWEB MAGAZINEの読者につまびらかにお伝えすることは私の能力のおよぶことではない。けれども、この和紙展示の印象を伝えられないものか?と考えました。第一に頭に浮かんだのが、整えられた林のように並ぶ白木の展示ケースでした。「あの展示ケースは何者なのか?あのケースだからこそ、あの世界が作りだされたのではないだろうか?」
その自身の印象が的を得ているものなのか?不安です。
丁度そのころ、NPO法人向日庵のホームページにアップされた機関誌「向日庵4」を拝見しました。
その号の編集後記で向日市文化資料館の玉城玲子館長が「寿岳文章 人と仕事展」の報告をされています。
2017 年に始まった展示の準備は延々と続けられ、“第Ⅱ部「紙漉村旅日記の世界」として、寿岳夫妻が日本各地を行脚して集めた手漉紙が、80 年の時を経て初めて一堂に展示されることになりました。今回新たに職人技で造られた和紙展示額に収められ、調査時の撮影写真と位置図のパネ ルを添えて会場狭しと並びます。”とあります。
“今回新たに職人技で造られた和紙展示額に収められ”とある、この文に後押しされて、「そうだ!会場の写真を撮らせていただいて、WEB MAGAZINEに掲載してもらおう。」と許可をいただくために資料館に電話をかけました。すると、思いがけず、「それなら、伊部京子先生がドイツから持ってこられたケースが元になっているので、伊部先生にお話を伺ったら」とのこと。その率直な対応に正直、慌てながらも、折角のお話に早速、伊部先生のご都合をうかがっていただくことになりました。
そんなこんなで、展示会最終日10月24日に会場の写真を撮り、WEB MAGAZINEに掲載することの許可をいただき、さらに京都西山高原アトリエ村の伊部先生のお宅にお連れいただくことになりました。
ワークショップの世話係、このWEB MAGAZINEの書き手でもある小梅さんに和紙展示会場やケースの写真を撮ってもらい、伊部先生のお宅にも一緒に伺いました。
さて、やっと和紙展示と展示ケースの本題に入ります。
ご挨拶を終えると、開口一番、伊部先生は『19世紀の和紙展 ライプチヒのコレクション帰朝展』という一冊の図録を取り出され、わたしたちに下さったのです。そして、次のようなお話を伺うことができました。
今回の『国際シンポジウム20世紀の和紙 ―寿岳文章 人と仕事―』展は20世紀、これに先立つ19世紀の和紙展が1998年11月京都工芸繊維大学美術工藝資料館をはじめ、1999年4月の(高知県)いの町紙の博物館まで、5か所で開催されていました。
「19世紀の和紙 ライプチヒのコレクション」とは1873年日本政府が初めて公式に参加したウィーン万国博覧会への出品物でした。その後、その和紙群は、ドイツ図書館の一部門、ドイツ文書書籍博物館のバルチュコレクション中の収蔵品となっていました。しかし年を経てその和紙たちは忘れられた存在となり、1993年当時ドイツで活動なさっていた伊部先生に調査の依頼が来ます。
5年の時をかけ伊部先生はドイツ文書書籍博物館の学芸部長フリーダー・シュミット博士と協力、日本・紙アカデミーの事業として1998年の『19世紀の和紙展 ライプチヒのコレクション帰朝展』巡回という大プロジェクトに漕ぎつけられたのです。
その展示に際して和紙をどのように見せるのか?その工夫がケースの中の展示法であり、ケースも特注となりました。今回の「20世紀の和紙展」の原形となっています。
ケースについては、「19世紀の和紙展」で使用されたケースをそのまま使うことは種々の事情でかなわず、特に脚の部分は、新たに京都西山高原アトリエ村の木工作家森好一氏に依頼し、塩地という木を使用し、脚の部分を大幅に改良したデザインで新たに作成されました。何度も試作を繰り返し、改良を重ねて完成したものです。
写真を見ていただくと、その軽やかさ振りが分かっていただけるのではないでしょうか?組まれた脚の間を風が通り抜け、ギッシリと並べられたケースにも重苦しさを感じません。
さらにケースの中には和紙が収められています。これも写真を見ていただくと、大部分はグレーの紙を下敷きにし、一部分は黒い紙を下敷きにしています。
グレーの広い面積の部分では和紙全体の風合いが良く分かります。また、黒い下敷きの部分は紙の繊維、透け具合、漉込まれたもの等をしっかり浮き出させ、鮮明に観られます。
この紙の展示方法は「19世紀の和紙展」の図録写真撮影カメラマン、ヘルムート・シュタインハウザー(Helmut Steinhauser)氏が工夫されたものです。
この様に今回の「国際シンポジウム20世紀の和紙」特別展は『19世紀の和紙展 ライプチヒのコレクション帰朝展』を受け継いだ子孫とも言える展示でした。
寿岳文章夫妻が和紙調査に全国を訪ねられたのは、1937(昭和12)年から1940(昭和15)年、この時代、日本は日中戦争に突入し、太平洋戦争を始めてしまう前年までに当たります。山仲氏は今回のシンポジウムで、“戦時中の交通の便も大変困難な中での調査行であったこと、また訪問先で特高(特別高等警察)につけまわされたことなど、そういう戦争の時代の調査行であったことが背景として大きな特徴になると思います。”とこの調査行について話されています。
今回展示された「国際シンポジウム20世紀の和紙」特別展の手漉和紙は戦争の世紀と呼ばれる20世紀を身をもって表しているという意味もあるのではないでしょうか。
さらに私では気が付けなかったことを伊部先生からお教えいただきました。
展示のケース、展示方法だけでなく、どの和紙を展示するかの選定、ケースへの収め方の3点が揃って相乗効果を出しているという事です。
膨大な寿岳文章和紙コレクションの中から、山仲進氏が和紙の種類の選定、サイズもバラバラの紙をうまく組み合わせて、あのケースに収められた展示作業のプロたちの働きがあったからこそ、私が惚れ込んでしまった展示ケースが生かされたのでした。
今回小梅さんに沢山の写真を撮っていただきました。ご覧いただけると幸いです。
和紙というものの展示について、私の文章の力ではどのくらいのことが伝えられたのか?伊部先生にうかがったお話、いただいた『19世紀の和紙展 ライプチヒのコレクション帰朝展』図録を読んでも、伝えきれないことの方が多くを占めています。
そして、「21世紀の和紙」、「21世紀の和紙」展はどのようなものになるのでしょうか?
和紙を受け継いでくれる様々な活動を起こしている若者たちのことを、私のような高齢者でも、このネット社会で知ることができます。小梅さんがWEB MAGAZINEでもトロロアオイ観察日記を書いています。
和紙の造形作家第一人者として、寿岳文章ご存命の時代から和紙研究者町田誠之のお弟子さんとして永く和紙に携わり、20世紀~21世紀の現在まで活動を続け、これからも国際的な活躍をなさる伊部京子先生へ、玉城玲子館長のご尽力で繋いでいただきました。
図書館資料の保存という、なかなか広い理解が得られないことを、コツコツ行っている私たちですが、今回、伊部先生にお会いし、直にお話をお聞きできたことは、何よりの励ましになりました。
今回、厚かましくも、私なりの「国際シンポジウム20世紀の和紙」展、そして『国際シンポジウム20世紀の和紙 ―寿岳文章 人と仕事―』への感想と感動を受け止めて下さった伊部京子先生と先生のアトリエへ、舗装もされていない、険しい山道を運転してお連れいただい玉城玲子館長に感謝申し上げます。
文中の図録『19世紀の和紙展 = Washi in the 19th century : ライプチヒのコレクション帰朝展』は日本・紙アカデミー 19世紀の和紙展実行委員会の著作・出版 で 1998年10月に刊行されています。
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図書館資料保存ワークショップ M.T.(文責)
図書館資料保存ワークショップ 小梅(写真撮影)