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図書館資料保存ワークショップ
[図書館に修復室をツクろう!]62
人と本と図書館のストーリー

2022年新年おめでとうございます。
WEB MAGAZINEに投稿させていただくようになって5年になりました。おかげさまで本の修理、図書館での蔵書保管管理、破損本の修理・修復などについての関心や、現状に問題意識をもつ仲間に巡り合うことができました。
6年目は昨年同様、コロナ禍のただ中に居ますが、この状況でなくては経験できなかったこともありました。その一つはオンライン・イベントへの参加です。

私が参加している図書館関係の研究会、大図研(ダイトケンと呼びます。大学図書館研究会の略称)でも新築、改築した図書館の見学会をオンライン配信で催しました。
大阪大学が運営することになった箕面市立船場図書館大阪大学外国学図書館、2017年から総合図書館の機能を大幅に拡充し、2020年新装なった東京大学総合図書館、それから京都大学桂図書館などがあります。京都大学工学研究科は2003年京都桂にキャンパスを移転し、それまで左京区吉田キャンパスで5つの図書室が運営されていましたが、それらの図書室を一つにまとめ、桂図書館として2020年開館しました。これら、どの図書館も独特な見るべきモノを持った図書館だとおもいますが、まずはリンクを張ったH.P.をご覧になってみてください。

そのなかで、私が勤務していた京都大学の工学研究科桂図書館にまつわる蔵書と研究者のストーリーを記してみたいと思います。
オンライン見学では桂図書館を利用するのは大学院生、研究者が大半を占めるため、研究支援サービスのための施設やサービスが紹介されました。しかし私が関心をもつ京大工学部で所蔵している資料を保管する書庫については紹介がありませんでした。そこで思い出したのは大図研の会報『大学の図書館』2021年8月号「特集:貴重資料を保存する」に掲載された長坂和茂氏の「桂図書館の貴重書庫紹介」です。

その記事では、京大工学部は1897年に設立され、貴重書とされる資料も所蔵しているのにもかかわらず、専用の貴重書庫を持っていなかった。が、桂図書館には貴重書庫を設置した。空調なども常に最適な温湿度が維持でき、温湿度記録も常に把握できるようにした。また、資料は中性紙の保存箱に入れるなどの紹介がありました。

貴重書庫に収納される予定資料としては吉田建築系図書室所蔵重要文化財「ジョサイア・コンドル建築図面」がありますが、このほかにも貴重書庫に配置する予定の蔵書があるとして旧資源工学図書室の貴重書についての文献を紹介しています。

それは塚田和彦教授による「デ・レ・メタリカ開礦器法圖説と桂図書館への移管」という記事で京都大学の採鉱冶金学教室の流れを継ぐ工学研究科関連教室出身者、教員などの同窓会誌である水曜会誌2020年10月号に掲載されています。

私も塚田教授のこの記事をもとに工学研究科の学生や研究者達とともに歴史を刻んできた貴重資料の紹介をしたいと思います。

その記事には“1897年(明治30年)に創設された採鉱冶金学科の時代から、教育・研究のために教官が収集してきた実に120年余にわたる多くの書籍・雑誌・各種資料が保存されている.“として、これまで教室図書室で保管されてきた、これらの古い書籍や貴重な資料は桂図書館に収められ、今後は桂図書館としてまとめて管理されることになる。それは、これらの資料のたどって来た来歴に関する情報が失われてしまうことになるだろう。この機会に教室同窓会誌にその記録を留めておくのがふさわしいとして「旧資源工学図書室所蔵の貴重な書籍」として幾つかの資料が紹介されています。

この記事中の表1旧資源工学図書室所蔵の貴重書には旧資源工学図書室に1901年(明治34年)から1927年(昭和2年)に受け入れられた(a)和書・和刻本として8タイトル、同じく1904年(明治34年)から1927年(昭和2年)受け入れの(b)漢籍・漢訳書として8タイトル、同じく1898年(明治31年)から1968年(昭和43年)受け入れの(c)洋書・訳書5タイトルが挙がっています。

ここでは和書・和刻本『天工開物』、洋書・訳書『De Re Metallica=デ・レ・メタリカ』、絵巻物・絵図『浮世絵「地方測量圖」』に纏わるストーリーを紹介したいと思います。

『天工開物』は中国明時代、滅亡まであと7年の1637年に宋應星によって著された産業技術書。教室には1926年(大正15年、昭和元年)に受け入れ。この著作は日本には早くも1708年ころには伝えられたと考えられる。資源工学教室(以下教室と略す)所蔵のものは1771年(明和8年)に日本で刊行された和刻本。日本では当時本草学が流行り、『天工開物』もかなりポピュラーな読み物として普及されたようで、塚田教授は注で“国内の100以上の大学や公的機関に所蔵されていることからも、我が国でかなり一般的な書物であったことが分かる。”としています。
また、後で紹介する『デ・レ・メタリカ』の翻訳を手掛けた哲学者、三枝博音(さえぐさ ひろと)によって第二次大戦中の1943年に復刻出版されているとも記されています。

『De Re Metallica=デ・レ・メタリカ』は1556年初版Georgius Agricola著、290枚ほどの美しい木版の挿絵とともに鉱山学・冶金学の古典としてあまりにも有名なものであるとのこと。教室所蔵本はラテン語第2版(1561年出版)で1898年(明治31年)に教室に受け入れ、教室最古受け入れの洋書貴重書。日本では1968年に三枝博音による日本語訳が出版。教室の貴重書庫には原著、英訳本(米国第31代大統領、Herbert C. Hooverの翻訳で1921年出版)、和訳本の3冊が揃って保管されてきた。“これは採鉱冶金学科を引き継いできた教官たちに、この貴重な書の存在が忘れられずにいたことの証といえよう.”とされています。

ここでお気づきのように 『天工開物』、『デ・レ・メタリカ』に共通して登場する人物、三枝博音とはどのような人物なのでしょか?塚田教授の注によれば、1922年東京大学哲学科を卒業、科学史、技術史の研究で大きな足跡を残し、日本科学史学会会長であった1963年(昭和38年)鉄道事故(国鉄鶴見事故)で不慮の死を遂げている。そのため『デ・レ・メタリカ』の翻訳は弟子たちの手で出版された。とあります。

実は私も三枝博音には以前から関心がありました。「鎌倉アカデミア」という第二次世界大戦直後の1946年に「自分の頭で考える人間づくりが必要」の趣旨で鎌倉に開校し、鎌倉近隣の文化人たちが教鞭をとった男女共学、自由な高等教育のための私立学校でした。三枝は第2代校長でした。いずみたく、山口瞳、左幸子等、映画・演劇界などに沢山の人材を輩出しましたが、財政難のために4年半で廃校になっています。

また鎌倉には戦争末期の1945年鎌倉八幡宮の鳥居近くで川端康成や久米正雄の発案で「鎌倉文庫」という貸本屋を開いていた。などということもあり、鎌倉と図書館的施設の関係を調べてみたいなあ。と思ったりしています。

さて最後に学術書とは趣の異なる『浮世絵「地方測量圖」』(1848年(嘉永元年)制作)の紹介です。これは教室の初代教授である阿部正義が1905年(明治38年)に寄付したもの。実はこの絵図は書庫の片隅に何気なく置かれていたもので、落款に「應需齢八十九歳卍老人筆」とあり、これは葛飾北斎の最晩年の落款である。同じ絵図は東京国立博物館、明治大学刑事博物館、国立国会図書館に所蔵されていて、葛飾北斎によるものというのが定説になっているとのことです。

何故測量図のような技術絵図を高名な浮世絵師が描いたのか?という事情は山崎孝史氏が「「地方測量圖」小考:絵師ははたして北斎か」という論文を発表しています。
ミステリーのように測量技術への科学技術的知識を駆使して、はたして北斎かを解き明かしてくれます。ご一読を。

 

以上、私など大学図書館員は科学技術系の図書館であれば、最新の情報が最も必要とされ、古い書籍や資料には縁がないもののように思い込んでしまいますが、ここで紹介した書籍や絵図などは単に古い貴重な資料という価値だけでなく、塚田教授も書かれているように教室創設時の教官たちは“自分たちの拠って立つ歴史的な基盤を学生たちに知っておいてほしいとの思いから”引き継がれて来たのではないでしょうか。

ここで述べられているように大学図書館は学問の歴史や学生、学者、研究者たちの営為の歴史を持ったままの書籍を営々と伝えるという役割をももった装置だと思います。

歴史を振り返るとき、先輩たちの拠って立つ基本に帰ってみようとするときに、図書館はその要求にいつでも応えられるようでなくてはならないと思います。

図書館資料保存ワークショップ
M.T.

『天工開物』錬鉄製造の図 | 人と本と図書館のストーリー - 図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

『天工開物』錬鉄製造の図 ウィキペディアより

『デ・レ・メタリカ』標題紙 | 人と本と図書館のストーリー - 図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

『デ・レ・メタリカ』標題紙 ウィキメディア・コモンズより

「地方測量之図」 | 人と本と図書館のストーリー - 図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

「地方測量之図」 ウィキメディア・コモンズより

『天工開物』錬鉄製造の図 | 人と本と図書館のストーリー - 図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

『天工開物』錬鉄製造の図 ウィキペディアより

『デ・レ・メタリカ』標題紙 | 人と本と図書館のストーリー - 図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

『デ・レ・メタリカ』標題紙 ウィキメディア・コモンズより