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京都大学図書館資料保存ワークショップ
[図書館に修復室をツクろう!]82
本のカバーのカバー

本好きにとって書店に出かけて、どんな本が出ているか?並んでいる本の表紙カバー(ジャケットとも言います)、帯などを眺めたりすることは目の楽しみです。

また、本や雑誌を借りるために近所の公共図書館に出かけて書棚に並んでいる本、雑誌を眺めるのも楽しいです。図書館では、ほぼすべての本に透明なビニール様のカバーがかかっています。

昨年の秋、「図書館総合展」というイベントに参加し、アンケート調査をしたご報告をWEB MAGAZINE「図書館に修復室をツクろう!」73 新たな取り組み「修理の日」に載せています。
このアンケートで図書館の本を気持ち良く読んだり、借りたりしてもらうために図書館員たちはさまざまな工夫をし、本の修理にあたっていることが分かりました。特に「本の修理」が図書館の仕事として認知されていない現在、自学自習したりして修理にあたっている場合もあるようです。また、図書館員たちは教育・養成される過程で物としての「本」について教えられていない事実等に気づきました。

そこで、今年はもう少し突っ込んで、この総合展に、具体的な個々の修理をどうしているのか、クイズのように気軽に答えられるクイズ(アンケート)を出展することにしました。

また「図書館に修復室をツクろう!」78 修理すべきか?修理せざるべきか?にたとえ破れたり、汚れたりしても、本にとって修理されることは「良いことは一つもない」という考え方を紹介しました。わたしたち「修理系司書の集い」(図書館総合展出展者名)もその考え方に納得。今回は17問ほどの修理事例について“あなたなら修理する?修理しない?”
というクイズ(アンケート)を計画しています。

今年も私たちはオンラインで図書館総合展ポスターセッションに出展します。会期は2023年10月26日~11月15日です。どなたでもネットでご覧いただけます。

さて、このクイズ(アンケート)の質問作成をするうちに図書館で借りる本にかけられている透明のブックカバーが破損した場合の修理について「一体どうすりゃいいの?」ということになりました。
というのは、あのブックカバーは化学糊がついていて本のカバーの上からかける(貼る)とはがせないのです。
「修理系司書の集い」のメンバーが現在勤務している図書館では蔵書に透明ブックカバーをかけて貸し出すことはほとんどないのですが、メンバーの一人が破損した透明ブックカバーを剥がして修理した経験があり、それを話してくれました。
私たち未経験組はびっくり仰天!なんと剥すのに使用する液体まで存在するとのこと!

それはさておき、私は個人的に透明ブックカバーに、修理面とは別の疑問を持ちました。
公共図書館で、何故これほど普及しているのか?カバーの上からかけられているが、本の本体の表紙を見たい場合は見られないのでは?出版から少し年数が経つと書店に並んでいない本も沢山ありますから図書館に所蔵されている本が頼りになります。

まず透明ブックカバーについて。1963年ころ図書館では新刊書を揃え、利用者が家に持ち帰って読みたい本を読める、貸出しサービスに力を入れていました。そのサービスに先進的に取り組んだのが、東京都日野市立図書館の前川恒雄氏です。
前川氏はイギリスの公共図書館で研修を受け、その際の経験から本にかかっている本来のカバーを生かし(当時図書館ではカバーは取り去って、貸出ししていました。)、かつ本の保護のために自動車図書館に乗せる本に透明ブックカバーをかけることを導入したそうです。
最初のうちは農業用のビニール・シートをビニール糊で貼り付けていたそうですが、その後ドイツ製品を輸入、しかし高価であったので、安くて良い製品をさがしているうちに,日野図書館で製本講習の講師などを務めていた製本業者倉田重夫氏が興味を持ち、本をコーティングする商品として「ブッカー」(商品名)を開発した。という歴史があるそうです。
「ブッカー」は1969年に図書館用品取り扱い会社木原正三堂(現キハラ株式会社)の販売カタログに登場、1971年には倉田氏は日本ブッカー株式会社を設立しています。(『公共図書館の冒険』¹)
以上のような歴史をもつブッカーですが、現在は同種の透明ブックカバーが数種発売されているようです。

この透明ブックカバーは「汚れ防止」、「紫外線除け」、昨今では「アルコール消毒など除菌可能」などの利点から図書館では本にフィルムコートすることが一般的になっています。あらかじめ書店などから購入時にコート済の本を納入させている図書館も多いようです。

また、別の疑問です。
書店に並ぶ新刊書はほとんどカバーが掛かっています。そのカバーの上から細長い紙の帯にその本の推薦文などを印刷してかけている場合も多いです。帯と呼ばれたりもしています。
カバーを取り去ると本本体の表紙が現れます。カバーは本体の表紙と全く同じ場合もありますが、カバーと本体の表紙は意図的に別別のデザインが施されている場合もあります。

『編集をひもとく』²という本ではカバーに印刷されている文字一字一字の使用フォントがカバーの折り返し部分に記されています。(写真1)
たとえば“タイトル 編……イワタ中太ゴシック体オールド、編……丸明オールド”というように。本体の表紙は別のデザインです。

(写真1) | 本のカバーのカバー - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真1)

これまで、私が勤務した大学図書館では、カバーは本の本体としては認められず、カバーを剥がして請求記号ラベルやID番号ラベルを貼っていました。本好きの人間には、残念な思いしきりでした。せめてもと新着本を知らせる掲示板にカバーを貼り巡らせたりしたことがあります。

公共図書館の透明ブックカバーでは、本のカバーは生かされているのですが、カバーの上からフィルムコートされて本の表紙裏に貼り付けてしまわれていますから、表紙を見ることができません。(写真2、3)

(写真2) | 本のカバーのカバー - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真2)

(写真3) | 本のカバーのカバー - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真3)

フィルムコートされたカバーが破損した場合、表紙裏に貼り付けられた部分から剥がし、カバーごと捨てられることになってしまうのでは?

本に手を加えることは、たとえ修理であっても良いことは何もない。という考え方から見ると、本の保護のためにと貼られた透明ブックカバーは、本をブックデザインという表現物として見ると、「どうなんだろう?」と思ってしまいます。
カバーとは別の意図をもって、表紙に本の内容を表現しているブックデザインも勿論あります。

写真の『本売る日々』³という本は帯に記された作者の言葉によりますと、“江戸時代、…学術書を行商して歩く本屋の目を通して、村と村が発展した在郷町の住人たちの、生き生きとした暮らしぶりを描いたものです。”
カバーは日本画風の淡い色彩で田植え最中の田圃のあぜ道を本を背負って歩く本屋が美しく描かれています。図書館で借りるならばこのカバーを目にします。(写真4)
そして、カバーを取ると本体には江戸時代のポピュラーな装丁、四ツ目綴じの姿を印刷しています。装丁家の洒落っ気を感じます。(写真5)

(写真4) | 本のカバーのカバー - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真4)

(写真5) | 本のカバーのカバー - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真5)

今だけのことで言えば、確かに、多数の利用者が借りて読む、共同利用する本にフィルムコートするのは本にも人にも「良いこと」と思われます。
が、少し先のことを思うと、本の紙のためにも、本の装丁のためにも首をかしげてしまいます。
今では、接着剤付フィルムではなく、真空パック式にコートする器械とフィルムも出現しているそうですが、専用の器械とフィルムが必要ですし、コートする作業にかかる費用と時間がかかりそうです。

参考にした図書

1. 公共図書館の冒険 未来につながるヒストリー 柳芳志夫 田村俊作編 みすず書房 2018年
2. 編集をひもとく 書物観察の手引き 田村裕編 武蔵野美術大学出版局 2021年
3. 本売る日々 青山文平著 村田涼平装画 大久保明子装丁 文藝春秋 2023年

図書館資料保存ワークショップ
M.T.

(写真1) | 本のカバーのカバー - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真1)

(写真2) | 本のカバーのカバー - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真2)

(写真3) | 本のカバーのカバー - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真3)

(写真4) | 本のカバーのカバー - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真4)

(写真5) | 本のカバーのカバー - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真5)