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京都大学図書館資料保存ワークショップ
[図書館に修復室をツクろう!]78
修理すべきか? 修理せざるべきか?

図書館でよく読まれる本は、どうしても破損します。そこでわたしたち“図書館資料保存ワークショップ”は、図書館員が自分たちの手で修理して、図書館の利用者に気持ちよく読んで欲しいと活動をはじめました。

ワークショップのメンバーが大学の図書館に所属していますので、大学図書館で学生たちに利用される、普通の本を修理したり、そのような修理を想定してノウハウを探したりしながら、修理作業を実践しています。(正確にはコロナ禍前2019年ころまで)

大学図書館には、ほかに「貴重書」とか「稀覯書」とか呼ばれる図書が存在します。
日本の図書、和書ですと1700年以前、洋書ですと1800年以前に出版されたものなどを特別扱いし、貴重書庫で保管し、閲覧制限を設けたり、貸出しをしなかったりして将来に伝えるために大切にしています。

したがって、修理は文化財修復のプロフェッショナルにお任せしています。

図書館そのものについての考え方、本当に利用しやすい図書館はどういうものか?そもそも図書館は何をするべきなのか?
図書館も歴史を経るにつれて、図書館員自身の図書館についての見方が変化して来ました。

図書館の修理についても、そのことと関連して、いままでとは異なる姿勢をもたなければいけないとされるようになって来ました。

早い話が、今、目の前にあるページが破れた本を治すべきか?治すべきではないのかを判断してから、治すべきとなれば、治す。しかも、元にもどしたい場合は、補修のために貼ったテープや紙を取り去れるような方法で治すべきである。ということです。

図書館の種類によって、その本が図書館利用者にどのように利用されるのか?
激しく頻繁に利用されるのか?滅多に利用がないのか?によって修理すべきか、修理せずに、買い替えるのか?などなど。壊れた本を目の前にして判断しなければなりません。

このような思想は、思想とは大げさな!と思われるかもしれませんが、1980年代ころから提唱されるようになって来ました。

主なリーダーは故安江明夫氏、木部徹氏等です。お二人は先駆者として、大きな影響を与えてくださいました。

現在、私たちがワークショップで本の修理をするときや、このWEB MAGAZINEの文章を書く時、上に書いたような考え方をよりどころとしています。
直近では、眞野節雄氏の活動や著作がわたしたちを導いてくださっています。

眞野氏は東京都立中央図書館資料保全専門員で、日本図書館協会資料保存委員会委員長をお務めです。

都立中央図書館という大規模な公共図書館で、理論のみでなく、資料保存、修復・修理の現場での豊富な経験と高い技術・知識をお持ちなのです。

最近頻繁に図書館資料保存関係書を出版なさっています。

『図書館資料の保存と修理―その基本的な考え方と手法』2023年、『やってみよう資料保存』2019年、『水濡れから図書館資料を救おう!』2021年、いずれも日本図書館協会から出版されています。

一番最近の出版は『図書館資料の保存と修理―その基本的な考え方と手法』で、先に書いた「修理の思想・哲学」が分かりやすく、しかも実際に修理する場合の考え方、技法とともに盛り込まれています。

4月30日は図書館記念日です。

図書館法という地方自治体が住民のために設立運営する公共図書館の基盤となる法律が 1950年4月30日に公布されたことに因んでいます。

この「図書館法」は第二次大戦直後、戦前の反省の上に立って、広く一般市民のための開かれた図書館を自治体の責任で設立運営して行こうという図書館員たちの決意のもとに作られた法律と聞いています。
実は戦後の混乱を乗り越え、高度経済成長を遂げたあたりから、やっと、「本の貸出し中心のサービスをする」一般市民のためのサービスを実現できるようになりました。つい最近まで、現在でも近所の公共図書館は、読みたい本を無料で借りられる公共施設というイメージではないでしょうか?

しかし、「貸出しを延ばそう!」というスローガンのもと、図書館利用がポピュラーになって来ると、無料の貸本屋だけの役割を果たしているだけで良いのか?という図書館員自らの疑問、利用者からの「図書館に無い本も揃えて欲しい」という声なども出てきます。

次に公共図書館は「本と人、人と人との出会いの場」を目指すことになります。その次は、まさに現在、「滞在できる図書館」が盛んにつくられるようになって来ました。

斬新な建物、カフェがあり、コーヒーを飲みながら本が読める。また、子供たちが自由に遊べるスペースも設けられている公共図書館がニュースに取り上げられるのも珍しくない昨今です。

眞野氏の近著の第1講「図書館における資料保存とは」の冒頭にも述べられていますが、上のような戦後の図書館の歩みを見ると「資料保存」というキーワードは見られません。
また図書館学の教育課程にも「資料保存」関係の科目はありません。
確かに図書館の本は利用者に読まれるためのものですが、時代時代ごとに図書館に受け入れた本を将来も読めるように伝えて行かなければならないものでもあります。
眞野氏は“図書館の使命が「資料の利用を保証する」ことであれば、そもそも、その「利用」を支えているのは、「収集」と「保存」です。… 図書館における資料保存とは、「利用か保存か」ではなく、また、博物館、美術館などのような「後世に引き継ぐ」ためでもなく、「利用のための資料保存」です。”と書かれています。

世はデジタル時代です。これまでは過去のできごとや知的創造物である文学や学術、芸術などは紙に記録されたかたちで利用され、保管され、伝えられて来ました。

しかし、デジタル化された資料の寿命はどれほどなのか?紙に書かれたり、印刷されたりした資料は少なくとも500年の実績があります。

図書館としては、紙の資料のうち、どれを、紙でないものに記録された図書館資料のどれを「利用のための保存」すべきなのか?いざ、修理本を目の前にした時に判断しなければなりません。

そんな大きなテーマが頭の中でグルグル巡りしているとき、「京都大学大学文書館企画展 1969年再考」をこの展示を担当なさった京都大学大学文書館の渡辺恭彦助教に解説していただきながら見学することができました。

1969年、京大では学生の大学改革運動が巻き起こり授業ボイコットやバリケード封鎖などの騒乱が起こりました。コロナ禍で大学での授業も行われず、先生や友人と会うこともできない状況で、大学とは何なのか?が問われる今日、1969年の騒乱を知り、わたしたち自身に何が問われているのかをふりかえる。という意図で開かれた展示です。

私は1969年当時京大附属図書館に就職したての新米図書館員でした。当時知りえなかったこと、理解不足だったことを、解説をうかがい、事務文書や調書の簿冊、ビラ、教員の保管していた資料などを見て、知ることができ、感慨深いものがありました。

資料保存の面からも、この展示に出ているようなビラなどはどのように保管なさっているのか伺いました。

資料は一点ずつ中性紙の保存箱や封筒に入れ、閲覧利用には紙焼きの複製を提供しているそうです。図書館の所蔵本はほとんどが何百、何千と同じものが印刷、出版されます。基本的に複製物です。文書館では所蔵資料は基本的に一点ものですから、自らまたは業者委託などして複製を利用に供するわけですね。最優先は「オリジナル保存」であることが納得できます。

図書館の本のように、破損資料を目の前にしても、修理すべきか?修理せざるべきか?の選択は不用、してはいけない。改めて図書館の本を修理しようとするとき、自分の選択が正当なのか?問うてみることの大切さを感じさせられます。

最後に紹介した「京都大学大学文書館企画展 1969年再考」は京都新聞2023年4月27日(木)夕刊、2023年年5月12日(金)朝日新聞朝刊京都府内版19面に紹介されています。
私も当時の学生たちの「問い直す」エネルギーを感じ、今の自分が抱えているテーマ、例えば「図書館資料保存」を考え直すきっかけをもらったように思います。

会期は6月4日(日)まで、場所は京都大学百周年時計台記念館1階です。お薦めの展覧会です。

(写真1) | 修理すべきか?修理せざるべきか? - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

1969年再考ポスター

(写真2) | 修理すべきか?修理せざるべきか? - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

『図書館資料の保存と修理―その基本的な考え方と手法』2023年

(写真3) | 修理すべきか?修理せざるべきか? - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

『やってみよう資料保存』2019年

(写真4) | 修理すべきか?修理せざるべきか? - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

『水濡れから図書館資料を救おう!』2021年

図書館資料保存ワークショップ
M.T.

(写真1) | 修理すべきか?修理せざるべきか? - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

1969年再考ポスター

(写真2) | 修理すべきか?修理せざるべきか? - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

『図書館資料の保存と修理―その基本的な考え方と手法』2023年

(写真3) | 修理すべきか?修理せざるべきか? - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

『やってみよう資料保存』2019年

(写真4) | 修理すべきか?修理せざるべきか? - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

『水濡れから図書館資料を救おう!』2021年