図書館資料保存ワークショップ
[図書館に修復室をツクろう!]⑤
大学図書館と和綴じの本
大学の図書館、特に明治期に創設された国立大学等の図書館には、かなりの数の和綴じ本が所蔵されています。和綴じ本というのは?
この写真のように右端が糸で綴じてあり、表紙の上に綴じ糸が露出しています。私たちにお馴染の「本」のかたちとはちょっと異なっています。
江戸時代、実は明治期の初めまで日本人にはこちらの和装本の方が普通の「本」だったようです。小学校の教科書も最初は和綴じ本でした。 この和綴じ本のなかでも旧公家などの家に伝わって、後に大学図書館の所蔵となったものは「貴重書」と呼ばれて特別に温度・湿度の保管条件が整えられた書庫で大切に収蔵されています。
しかし、普通の書庫にも和綴じの本は沢山あります。このような本は本文紙(勿論和紙です。)が20枚くらい。「丁」と呼びます。紙を二つ折りにして、袋になった方ではない方を綴じます。1丁は表裏2ページ分になります。 図書館の普通の書庫にあるこのような本は綴じ糸が切れているものが多々あります。なぜかというと、頻繁に書庫から出し入れされて、よく利用されているということもありますが、その本の出自にも関係します。
江戸時代、本は高価なものでしたので出版されて、本屋の店頭に並んでも、庶民の手が出るものではなかったようです。そこで、「貸本屋」が繁盛しました。貸本屋は本を背負い、各家を回って、お客が読みたい本を置いてゆき、一定の期間が来ると料金と本を回収して歩きました。そのように酷使されていますから、本は汚れ、綴じも切れたりしています。
突然「貸本屋」の話が出てきたのには訳があります。京都大学附属図書館は江戸時代から明治30年ころまで営業していた大手貸本屋であった、名古屋の「大惣」旧蔵本を多数所蔵しているからです。私たちの先輩図書館員、廣庭基介氏は「京大『大惣本』購入事情の考察」という論文で国立大学図書館協会賞を受賞しています。江戸時代の貸本屋研究が彼のライフワークの一つになっています。
というわけで、私たちのワークショップでも和綴じ、主に四ツ目綴じの糸が切れている本を綴じ直す作業を、しばしば行います。四ツ目綴じというのは文字通り本の右端に四つの綴じ穴をあけて、本の背に糸を回しかけながら隣の穴に針を運んで縫って行きます。実際に手を動かしてみると、思ったより易しく縫うことができます。糸、針、鋏があれば、どこででも綴じ直しが可能です。
日常の仕事に追われて、本の修理まで手が回らないのが図書館現場の実情ですが、この綴直し作業なら少しの合間にできそうです。と言っても現場の図書館員の何割の人が四ツ目綴じの運針順序を知っているでしょうか?図書館司書の資格をとるための大学の授業や図書館司書講習では教わりません。
で、私たちワークショップのミッションとして、手軽にできる修理の手始めとして和綴じを広めようと考えています。
が、しかし、ここでまたもやバリヤーです。綴じ糸が手に入らないのです。 京都では、さすがに貴重な和装本を扱われる経師屋さんがあります。大学の貴重書の修理などもお願いしています。その伝手で修理用の糸も分けていただくというのが実情です。
でも、全国の和綴じ本を所蔵している大学図書館が、同じような条件に恵まれているとは限りません。綴じ方を知っていても、綴じ直しをしよう。という志があっても、糸をどこから買ったらよいのか?という壁にぶつかります。
国立国会図書館の収集書誌部資料保存課という部署では研修会「資料保存の考え方・綴じなどの実習」を開催したり、そのテキストをネットからダウンロードして参考にできるようにしています。そのテキストには綴じ糸として「太白糸」を使用するとあります。この「太白糸」というのは白い絹糸を指します。が、刺繍糸や縫い糸を売っている手芸用品店などでは、今は扱っていないようです。何とか先人の優れた知恵の一つである和綴じを図書館の本の修理現場に引き継いで行きたいものです。図書館で和綴じ用の糸を安定的に入手できるように、いま、関係方面にお願いしているところです。乞うご期待!
閑話休題。先月の活版印刷研究所さんのWEB MAGAZINEで紹介した活版ワークショップ「ヴィンテージペーパーで糸綴じノート作り」に糸をご提供いただいたフジックスさんから、東京で開催されるホビーショーに和綴じサンプルを出品しないかとのお話をいただきました。和綴じを知っていただくチャンス到来と、引受けさせていただきました。
和綴じには、ごく一般的な四ツ目綴じのほかに「康熙綴じ」、「麻の葉綴じ」、「亀甲綴じ」などがあり、この3種類の和綴じサンプルをフジックスさんの美しい糸を使って作成いたしました。
実を申せば、一から和綴じ本を作る経験はそれ程ないので、本の天地(綴じる側の上と下の端)に角布(かどきれ)を貼る作業には結構苦心しました。それに日ごろ綴じ直ししているのは四ツ目綴じで、私は「麻の葉綴じ」、「亀甲綴じ」は初めての経験でした。そこで「康熙綴じ」に逃げて他のメンバーにお願いしてしまいました。80色の糸と黄色、緑、桃色3色の表紙との取り合わせ、そのうえ、どの糸でどの綴じ方をするか決めるのは楽しい作業でした。
最後に四ツ目綴じを知っていただける資料をリンクしますので、試してみてください。
M.T.記