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京都大学図書館資料保存ワークショップ
[図書館に修復室をツクろう!]90
先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本―

(写真1) | 先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真1)

4月の雨の日曜日、資料保存ワークショップ番外編メンバー5名で江北図書館にお邪魔しました。
江北図書館は明治35年(1902年)、弁護士杉野文彌が故郷に設立した私立図書館。現在は滋賀県長浜市木之本町に所在し、地域のひとたちに愛され、活かされ続けています。サントリー地域文化賞(2013年)、野間出版文化賞特別賞(2022年)を受賞、建物も国登録有形文化財に登録されたとのことです(2024年3月6日付官報)。

近年、本を愛する人々が盛んに訪問し、地域おこしで活動されているかたたちの活躍舞台となっている江北図書館です。

この度私たちは、江北図書館で大切に読まれ続け、“修理のために改装”された明治、大正時代の本を見せていただくために出かけました。

江北図書館のホームページには「江北図書館貴重資料 目録」が公開されています。その内「江北図書館文庫洋装本目録」には5,067冊が掲載されていますが、備考欄に「図書館にて改装」の記載があるものは748冊に上ります。
備考欄には他に「杉野氏寄贈の印あり」、「裏表紙欠損」、「書き込みあり」等々丁寧な記録が書き込まれています。

さて、「図書館にて改装」?何のために?丁寧に本の状態が記入されているところを見ると「修理のための改装」ではないか?

思い立って、「貴重資料利用申請書」を提出し、閲覧・撮影許可をいただいたので、5名で出かけたという訳です。「図書館にて改装」の記入がある明治時代刊12冊を希望しました。

当日は久保寺容子館長に図書館全般と書庫をご案内いただきました。

「図書館にて改装」本はやはり、図書館利用者の読書のために傷んだ表紙を掛けなおしたり、補強したりしたものでした。『太陽』や『早稲田文学』などの雑誌も自前で合冊製本されていました。雑誌製本も自家製本だったのです。

久保寺館長に解説をいただいたりして、私たち5名もワイワイ楽しく、大先輩司書方の遺してくれた修理の痕跡をたどりました。

以下の7点は、申請リスト中12冊の内特徴的な改装本を5点と雑誌合冊製本2冊です。

これらに共通の特徴はNo.1~5の図書ついては、本文に背から1㎝くらい内側に3~4の綴じ穴を空け、細い麻糸などで平綴じ(写真参照)し、背を黒い布で包み、板目紙のような厚紙の新たな表紙を付け、書名等を毛筆で書き入れている。という形です。

それぞれ修理した人の工夫がうかがえます。本を手軽に買って読むことが難しかった当時、図書館利用者のために改装前の姿を伝える工夫をこらした修理の跡が良く見えます。

それぞれの修理の特徴をコメントしました。写真も併せてご覧ください。

1.佛法僧の道中全 第一編 編:松本元市 松本商店 明治45.4.29
達筆な毛筆手書きタイトル。改装用に掛けた表紙はパンフレットやポスターなどの裏を流用か?(写真2、3)

(写真2) | 先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真2)No.1佛法僧の道中全

(写真3) | 先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真3)No.1佛法僧の道中全元の表紙

2.新井白石 山路彌吉 民友社 明治39.9.12 拾弐文豪 第8巻
元の表紙のタイトルデザイン、<拾弐文豪>の傾きをそのまま改装表紙にも踏襲。(写真4、5)

(写真4) | 先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真4)No.2新井白石

(写真5) | 先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真5)No.2新井白石元の表紙

3.大日本民族史 第一編 伊藤銀月 隆文館 明治40.7.20
元タイトルの字体を踏襲した改装本のタイトル。(写真6、7)

(写真6) | 先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真6)No.3大日本民族史

(写真7) | 先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真7)No.3大日本民族史 元の表紙

4.家紋の由来  生田目経徳 学海指針社 明治44.6.10
達筆な毛筆での改装用タイトル。元のタイトルは活字印刷(国立国会図書館デジタルコレクションによると)。(写真8)

(写真8) | 先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真8)No.4家紋の由来

5.藤公餘影 古谷久綱 民友社出版部 明治44.10.10
元は鮮やかな赤色の糸で綴じられたもの。改装後も赤い糸が少しのぞいて見える。(写真9〜11)

(写真9) | 先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真9)No.5藤公餘影

(写真10) | 先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真10)No.5藤公餘影 元の表紙

(写真11) | 先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真11)No.5藤公餘影 元の裏表紙

6.雑誌 太陽 大正3年 第20巻 4号~6号
奉書紙のような丈夫な紙で表紙、背、裏表紙と包み、ぶっこ抜き(平)綴じ。背にもタイトル、巻号を記入。元の表紙も広告などもすべてオリジナルのまま綴じ込まれている。(写真12 〜14)

(写真12) | 先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真12)雑誌 太陽表紙

(写真13) | 先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真13)雑誌 太陽背

(写真14) | 先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真14)雑誌 太陽元の表紙

7.雑誌 早稲田文学 大正元年 第80~82号
原形のまま綴じ込まれた大正時代のオリジナル表紙。モダンなデザイン。(写真15、16)

(写真15) | 先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真15)雑誌 早稲田文学

(写真16) | 先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真16)雑誌 早稲田文学元の表紙

これらの本を拝見しながら、よく似た装丁の本を職場の大先輩から譲られて、その名も『誰ニモ出來ル圖書修理法』を架蔵していることに気づきました。(写真17)
この小冊子は1921年(大正10年)創立。日本初の図書館専門商社、合資会社間宮商店が発行。昭和2年初版から昭和12年まで4版を重ねています。
同書の“導言”によりますと間宮商店創立者の間宮不二雄は当時全国に設立されていた小規模図書館で頻繁に読まれて破損した本の修理方法が分からないために、利用に供すことができずに在庫している現状を憂い、自ら<図書修理法講習会>を全国各地で開催しています。
この小冊子は講習会のテキストであり、間宮商店の修理用品カタログだったのです。

(写真17) | 先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真17)『誰ニモ出來ル圖書修理法』

江北図書館改装本で使用されている背に貼られている黒い布と厚紙の表紙は、このカタログに載っている“補修布付き小冊子カバー”だったりするのだろうか?
図書館の本の修理活動に取り組んでいる私たちの興味は尽きません。

今回閲覧した改装本の現状は、糊付けされた部分の劣化、糸綴じ穴周辺の破れ等修理によるダメージは見られません。
かなり本に優しい修理材料と修理方法なのではないでしょうか?

今、私たち図書館資料保存ワークショップでは、現在の利用者に気持ち良く読書してもらうのと同時に将来の読者のためにも有効な修理の在り方を学び、考え、実現可能な方法を模索中です。
江北図書館の改装本には、まだまだ沢山のことを学べそうです。

今回の訪問で江北図書館の今後の“図書館としての活動”に大きな期待が膨らみました。

図書館関係では2024年2月28日専門図書館協議会関西地区連絡会が新春講演会「図書館を未来につなぐー滋賀・江北図書館の活動からー」をオンラインで開催し、この程、国立国会図書館の情報サイトカレントアウェアネス‐E2692に、江北図書館理事長の岩根卓弘氏と久保寺館長から“地域に愛される図書館をいかに次世代につなぐか、という観点から運営の工夫やその在り方などについてお話いただいた。”<報告>を掲載しています。

昭和12年に郡農会の建物として建設された昭和モダンな建物は国登録有形文化財にも指定され江北図書館の顔として親しまれています。(『江北圖書館』岩根卓弘編 能美社 2022年)
創設から120年の歴史をもち、建物は昭和12年から現在まで、今も地域の図書館として親しまれ、守られ、活かされている、江北図書館の閲覧室で明治・大正時代に出版され、江北図書館の利用者に読まれ続け、戦前の江北図書館の図書館員の手で修理された本を手に取って見ることができる。

現地で現物に触れることができるのです。

私たちも図書館の在り方、本の修理の在り方を教えられました。“リアルなモノの持つ力”は強力です。

図書館資料保存ワークショップ M.T.

(写真1) | 先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真1)

(写真2) | 先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真2)No.1佛法僧の道中全

(写真3) | 先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真3)No.1佛法僧の道中全元の表紙

(写真4) | 先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真4)No.2新井白石

(写真5) | 先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真5)No.2新井白石元の表紙

(写真6) | 先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真6)No.3大日本民族史

(写真7) | 先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真7)No.3大日本民族史 元の表紙

(写真8) | 先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真8)No.4家紋の由来

(写真9) | 先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真9)No.5藤公餘影

(写真10) | 先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真10)No.5藤公餘影 元の表紙

(写真11) | 先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真11)No.5藤公餘影 元の裏表紙

(写真12) | 先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真12)雑誌 太陽表紙

(写真13) | 先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真13)雑誌 太陽背

(写真14) | 先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真14)雑誌 太陽元の表紙

(写真15) | 先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真15)雑誌 早稲田文学

(写真16) | 先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真16)雑誌 早稲田文学元の表紙

(写真17) | 先人からの贈り物 ―江北図書館の修理・改装本― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真17)『誰ニモ出來ル圖書修理法』