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京都大学図書館資料保存ワークショップ
[図書館に修復室をツクろう!]⑨
私家版「ぱなとりゑ」について

今回は、資料保存ワークショップとは少しはなれる内容になりまして、私個人の活動から出会った印刷物についてご紹介させて頂きます。

「ぱなとりゑ」ってご存知ですか?耳にされたことがおありでしょうか?
どこか外国のことばでしょうか?何かの呪文でしょうか?おまじないでしょうか?テクマクマヤコン的な。
私にとっては、もしかするとテクマクマヤコン的な?興奮作用のある魔法のコトバです。
と、私的感想を挟むと横道へそれまくりそうなので、本題へ。

「ぱなとりゑ」とは、美術家・美術教師だった山口(やまぐち)汎(ひろ)一(いち)氏(1939-1988)により、その生涯の十数年をかけ制作続けられた全11號からなる私家版のタイトルです。(写真1)

(写真1) - 私家版「ぱなとりゑ」について | 京都大学図書館資料保存ワークショップ

(写真1)

タイトル「ぱなとりゑ」の由来は、作者・山口氏のお名前の一文字「汎」(はん) + 「アトリエ」からなる山口氏自身による造語。

内容は、號によって様々ながらも、文化的なもの、例えば和紙や活字、中国の遺跡に関するもの、それに当時の社会風刺など。
その内容の博物学的なもの、多岐にわたる知識も素晴らしいものだが、挿絵の版画の豊かであたたかな表現や、山口氏のお人柄を想像せずにいられない独特の時にエッジの利いたユーモア。そのユーモアは、もっともらしく整然と述べられた博物学に混ぜ込まれ、時に正論が分からなくなるというおかしみも含む。
挿絵の版画には、頻繁に登場するキャラクターがいるのですが、どこか手塚治虫氏の作品に通じるところもあります。
キャラクターのお一人「パナ爺さん」は、山口氏自身がモデルだそうで。(写真2、3)

(写真2) - 私家版「ぱなとりゑ」について | 京都大学図書館資料保存ワークショップ

(写真2)

(写真3) - 私家版「ぱなとりゑ」について | 京都大学図書館資料保存ワークショップ

(写真3)

この「ぱなとりゑ」の素晴らしさは、一言に私家版と言っても、原稿から校正、活字の作成、挿絵の版画、組版、印刷、製本に至るまで本作りの全ての工程を山口氏自身によるという、完全手作りの本なのです。
一文字一文字、活字を彫り、組版し、刷る、その作業は夜なべ仕事になることもしばしばあったそうです。
時にご家族の補助もありながらとも聞いていますので、家内制手工業といいますか、実物をご覧になられたらきっと感じられると思いますが、家内制手「工藝」(?)と言いたいものです。(写真4)

(写真4) - 私家版「ぱなとりゑ」について | 京都大学図書館資料保存ワークショップ

(写真4)

山口氏は版の材料に「リノリウム」という建築資材を使用されていました。リノリウムは、亜麻仁油やコルクなどの天然素材が主原料で、床材などに使われるもののようです。
ゴムのような感触だが、それでいてゴムのような経年劣化も少なく、カミソリを使っての彫刻には、とても表現がしやすいということで、数ある版素材の中から山口氏が試行錯誤の末、たどり着かれた素材だったそう。

紙については、主に和紙を使用され、製本は和綴じか、もしくは唐綴じ(この違いについてはまたいつかの機会に書かせてもらおうかと思っています。)。
山口氏は手漉和紙についてもこだわりをお持ちで、手漉紙収集家の方とのご交流により入手された韓国の手漉紙実物の紙片が張り付けられ、まるで紙の見本帳のように校正された號もあります。(写真5)

(写真5) - 私家版「ぱなとりゑ」について | 京都大学図書館資料保存ワークショップ

(写真5)

取り分け、蛭谷和紙には思い入れがあおりだったようです。
富山県の蛭谷(びるだん)地域の手漉和紙を指しますが、そこで紙漉きをされていた米丘寅吉さんご夫妻とのお出会いは、山口氏にとって大きな刺激となられたのであろうことは、ぱなとりゑ 第7號 から受け取れます。(写真6)

(写真6) - 私家版「ぱなとりゑ」について | 京都大学図書館資料保存ワークショップ

(写真6)

米丘夫妻による和紙製作の工程を山口氏の文章と版画や写真による図解で詳しく触れられており、この號に使用された和紙は、蛭谷和紙であるとのこと。
ざっくりとして風合い豊かで、丈夫そうな手ざわりの和紙です。
これらに関しては、米丘氏が生前に書かれた著作

「二人の炭焼き、二人の紙漉き / 米丘寅吉著」 桂書房 , 2007.2 (写真7)
桂書房HP

(写真7) - 私家版「ぱなとりゑ」について | 京都大学図書館資料保存ワークショップ

(写真7)

に詳しく、巻末付録には、その ぱなとりゑ 第7號 が、全頁影印で収録されています。
本文は、米丘さんの自伝で、奥様との二人三脚で歩んでこられた生業の炭焼き、そしてのちに奥様から受け継がれた紙漉きのその長年の記録と生活の中にある地域行事や風習についても紹介され、著者自身によるイラストもまじえられた力強く読み応えのある1冊です。
蛭谷最後の紙漉きと言われた著者でしたが、晩年、川原隆邦さんという方が米丘氏にお弟子入りされ、紙漉きを継承されているようです。

この「ぱなとりゑ」、その制作方法から当然極少数発行につき、希少なるものです。
「ぱなとりゑ」との出会いは、10年ほど前の京都芸術大学附属図書館勤務時代。仕事中、偶然書庫で手にすることになった「ぱなとりゑ」。その美しい仕事に一瞬でとりつかれ以後、頭の片隅から消えることがない本でした。それが10年を期して、偶然にも山口氏のご息女との出会いにより、身近と言えるほどのものでもありませんが、近くで触れられる存在になったことうれしく、また出会いとは実に不思議なもの、稀なるもの、とぱなとりゑを紐解くたび、強く感じるのです。

なかなか手に入れること難しい原本ですが、最近は、私の自宅スペースにご息女をお招きし、ぱなとりゑの魅力をお伝えする会をこじんまりと始動させたところです。

資料保存WS
小梅

(写真1) - 私家版「ぱなとりゑ」について | 京都大学図書館資料保存ワークショップ

(写真1)

(写真2) - 私家版「ぱなとりゑ」について | 京都大学図書館資料保存ワークショップ

(写真2)

(写真3) - 私家版「ぱなとりゑ」について | 京都大学図書館資料保存ワークショップ

(写真3)

(写真4) - 私家版「ぱなとりゑ」について | 京都大学図書館資料保存ワークショップ

(写真4)

(写真5) - 私家版「ぱなとりゑ」について | 京都大学図書館資料保存ワークショップ

(写真5)

(写真6) - 私家版「ぱなとりゑ」について | 京都大学図書館資料保存ワークショップ

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(写真7) - 私家版「ぱなとりゑ」について | 京都大学図書館資料保存ワークショップ

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