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アミリョウコ
メヒコの新年と、メキシコシティの活版天国

Enero(1月)

Feliz año nuevo!ということで、あけましておめでとうございます。もう年が明けてから3週間近くたってしまいましたが、メヒコよりアミリョウコです。新年の時期になると日本が恋しくなります。年越しそばや、お雑煮や、そしてなんといってもお餅。……お正月ならではの食べ物が恋しくなります。先月のコラムでお伝えした通り、メヒコではクリスマスが盛大にお祝いされるので、正月は二の次、といった印象を受けます。

年が変わった瞬間は、盛大に花火がいろんなところで打ちあがってにぎやかな音がしましたが、特に特別な料理などがあるわけではなく……。日本人としては少し寂しい年明けでした。

El Día de los Reyes Magos

そんな年が明ける瞬間よりもメヒコの人が待ち望んでいるのが1月6日の”El Día de los Reyes Magos(東方の三賢人)”という日です。キリストの生誕時にやって来て拝み、その際に3つの贈り物をささげたとされることからメヒコではこの日にプレゼントをもらう子供も多いようです。

そして、この日には「ロスカ」と呼ばれる大きなリース状になったパンを家庭や職場で食べる習慣があります。輪っかになったパンの好きなところを切り食べてよいのですが、パンの中にはキリストの赤ちゃんの人形が埋め込まれてあり、これが当たった人は、その年一年幸運だとされています。しかし2月2日の”Día de la Candelaria”という日にその幸運をみんなにおすそ分けするためにタマーレス(トウモロコシの粉を使って作られたちまきのような食べ物)を買わなければいけなという習慣があります。パンの中に人形を埋め込んで焼くという発想も、当たった人はみんなにご飯をおごるというのも日本にはないので面白いものです。

CDMX

CDMXはCiudad de México(メヒコ市)を略した呼び名です。メヒコ市はD.F(デーエフェ、District Federalの略、アメリカのワシントンD.CをD.Cと呼ぶ感じでしょうか。)と呼ばれていたのですが、2016年にその呼び名が変わったのでそれを浸透させるためにやたらといろんなところでCDMXの表示を見かけます。

さて、オアハカからは飛行機で約1時間、バスで6時間強のところにあるメヒコの首都、メヒコ市に行ってきました。標高は約2200メートルと高く(ちなみにオアハカは約1500メートル)、人口は2000万人を超える巨大都市です。

CDMXに行く前に友だちに印刷事情について尋ねてみると、なんと古い印刷屋さんが建ち並ぶ場所があるというのです。それは行かねば、ということで今回は観光そっちのけで印刷屋さん街を訪れることにしました。

Plaza Santo Domingo

メヒコの街には大体「ソカロ(中央広場)」というものがあります。中でも首都CDMXのソカロは一辺が200メートルを超える正方形の巨大な空間で、周りにはカテドラル(教会)、国立宮殿、連邦区庁などが立ち並んだ政治的にも宗教的にも中心地となっている非常な重要な場所です。そのソカロから数ブロック離れたところにあるサントドミンゴ広場というところを訪れました。

メヒコの新年と、メキシコシティの活版天国 - アミリョウコ | 活版印刷研究所

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印刷屋さんが並んでいるのかと思いきや、印刷の注文を受け付けるブースが建ち並んでいたのです。各ブースそれぞれが得意とする加工のサンプルを壁に貼り付けてあり、気になったところでじっくりと話を聞くという仕組みです。招待状や名刺などのほかに、グラスやマグカップなどの印刷も注文することができるようでした。中には、タイプライターのような機械を机の上においてでんと構えているおじさんなどもいました。オフィシャルの文書をそこでタイプしてプリントアウトしてもらえるようでした。友人に教えてもらった情報では、偽の書類を本物として発行してもらえる場所もあるとか何とかで、どういう仕組みになっているのかわかりませんがなんともいかがわしい世界があるものです。

ブースの中に手フートを置いているおじさんがいたので話を聞いてみました。日本製の機械で、ラベルのところに「OSAKA」と書かれてありました。これよりももっと古い機械も見せてくれました。それよりも驚いたのが、真新しい活字の入った箱を見せてくれたことでした。メヒコでも生産されているとのことだったのですが、おじさんもやはり印刷の技術は家族が印刷業に携わっていたので家の仕事として小さなころから印刷業を学んだとのことでした。一昔前までは40人以上の従業員を抱えていたそうですが、今では家族規模で営む程度なのだそうです。事業規模がデジタル印刷の台頭によりどんどん縮小していく中では、新しく人材を雇うのも難しい状況なので結局家族の中で技術を継承していくのしかなく、しかし全員がその職業につきたいというわけでもないので技術を受け継ぐ人は減っていっているのではないかという印象を受けます。そして、オアハカのマエストロと同じく嘆いていたのがメヒコでは紙やインクといったいいマテリアルが手に入りにくいという点でした。技術はあるのに、それを活かしきれる材料がないのだと言っていました。

メヒコの新年と、メキシコシティの活版天国 - アミリョウコ | 活版印刷研究所

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違う印刷屋さんをのぞいてみると、活版印刷の機械にローラーとインクを練る台が外されていたので何をしているのか尋ねると、シールの裏の紙に切り込みを入れているとのことでした。表面もデジタル印刷をするとのことで、この機械で印刷を行うことはもうないのだそうです。

メヒコの新年と、メキシコシティの活版天国 - アミリョウコ | 活版印刷研究所

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Intertipo

そんな中、インテルティポ(英:インタータイプ)でいまだに仕事をしているおじさんがいるという話を聞いて訪れてみることにしました。インタータイプとは、私の2017年10月分のコラムでも少し触れた鋳植機のことです。動画を探しても博物館などで保管されている動画が多かったので、まさか現役で使っている人に会えるとは思ってもいなかったのでどきどきしながら訪れました。

そんなに大きくないスペースぎちぎちにインテルティポの機械を置いてパイプ椅子に腰かけながら働くおじいさんがいました。ちょうどお客さんがいて、誤植があった行をを鋳造しているところでした。

おじいさんがカタカタとタイプライターのようなキーをたたくと上からマトリスという親となる型が下りてきます。そして一行分の文字がたまるとその塊ごと動いて次の場所へセットされたかと思うと、ぐるりとその部分が回転します。おお!とびっくりしたのもつかの間、次の瞬間にはマトリスの塊が上にあがってきて、元あった場所に戻っていって、同時に違う場所からは鋳造されたその行の型がぽとんと落ちてきました。その様子はピタゴラスイッチでも見ているかのように、それぞれのものがいくべきところへ進んでいって、とても小気味のいい動きでした。

うっとりと見とれながらおじいさんの働くのを見ていました。おじいさんの仕事を邪魔するのは気が引けたので遠巻きに見ることにしました。見ていても全く飽きないので、あまりに熱心に見ていたからか、最初は忙しいから機械の説明をすることはできないと言っていたのが不意に私の名前を聞かれたのでした。すると、「ここがこうなって……」と言いながらカタカタとタイピングを始めました。

そして、「次はここを見て」「今度はこっち」と一工程ずつどのように機械が動くのかを見せてくれたのです。そして、ぽとんと落ちてきたのは私の名前が刻印された鉄の塊。鉄の液体の入ったところの温度は350度もあり、使われなくなった行はその液体の入ったところに戻すと再び高熱で溶けて新たな行を作るのにつかわれます。インテルティポを使って新聞を印刷していたころは、鋳造しては印刷、そしてまた液体に戻して別の行を鋳造、という工程を繰り返していたのでしょうが、私の手に渡されたたった一行の鉄の塊はそれ以上に重みがあるように感じられました。

仕事の量は、全盛期から比べるとすっかり減ってしまって今では質の高い印刷技術を求められる公的な文書や本の表紙の箔押しなどのための型の作成を依頼されることが多いようです。機械自体もうまく動かなくなってきて、メンテナンスは難しいし、ものすごく電気を食うので、現代においては経済的な印刷機と呼ぶことは難しく、おじいさんも、仕事がなくなるのは時間の問題だし、デジタルの速さにはかなわなからね、と話していたのが何とも切なかったです。

おわりに

大きな町ならオアハカとは状況が違うのかと思いきや、CDMXでも活版印刷事情はなかなか厳しいのかなというのを感じた今回の訪問でした。印刷は家業として従事している人が多いのか、若い人がしているというよりは、おじさん、もしくはそれ以上の年齢の職人さんがその技術を持っていると感じました。そして、みんなが嘆いているマテリアル(素材)事情。

メヒコの新年と、メキシコシティの活版天国 - アミリョウコ | 活版印刷研究所

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これは、何とかならないものなのかと切実に感じます。価格だけではデジタルには勝てないと誰もがいっているので、昔ながらの質と技術の高い印刷に対する価値が見直されるようになればいいのになと思います。

でも、あのプラササントドミンゴの印刷物注文受付ブースは本当に面白かったです。日本にもあんなところがあったら面白いだろうなぁ。特に招待状関連の種類の豊富さは見て回るだけで楽しいです。その遊び心と工夫と愛情はため息もの。一見の価値があるので、CDMXへ行く機会がある人にはぜひおすすめしたい場所です。

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