平和紙業株式会社
文庫本③ <文庫本のジレンマ>
これまで2回にわたり、何気なく見ている文庫本について、ちょっと斜めに見てきましたが、文庫本の魅力は、何といってもその価格です。 比較的安価に手に入る文庫本は、読書好きにとってはありがたい存在です。
ところが、昨今、文庫本の値段が随分高くなったと感じることはないでしょうか?
少し前までは1冊500円前後で手に入った文庫本が、今や1000円近い値段が付いているものも散見される状況。
一体、文庫本に何が起こっているのでしょう?
私は出版社の人間ではないので、想像でしかありませんが、基本的に文庫本の単価は発行部数や、文字数、ページ数などで決まってくるのだと考えています。
と言うわけで、再び手元にある文庫本を眺めてみると、都合のいいことに、池波正太郎の「鬼平犯科帳」(文春文庫)の第1巻があるので、眺め返してみると、1994年発行のものは定価427円(税抜き)、新装版になった2004年のものは、514円(税抜き)、完全版になった2017年のものは、660円(税抜き)と、同じ第1巻でも、20年程の間に233円も値上がりしていることになります。実に155%の値上がりとなります。
この3冊に収録されている内容は同じですが、文字の大きさが違ってきています。いわゆる文字ポイントが徐々に大きくなってきています。(表1)
発行年 | 文字ポイント | 1行文字数 | 1頁行数 | 総ページ数 | 定価(税別) |
1994年 | 約7.5pt | 43 | 18 | 288頁3行 | 427円 |
2004年 | 約9pt | 39 | 18 | 304頁14行 | 514円 |
2017年 | 約10pt | 36 | 16 | 357頁10行 | 660円 |
新聞にもみられるように、近年、文字の大きさは、大きくなる傾向にあります。
かつて文庫本の中心読者であった学生層は、「読みやすさ」よりも「安価さ」にその重点がありました。しかし、かつての学生層や70年代の文庫ブームによって文庫で読書をする習慣を身につけた人たちも年齢を重ねており、文庫読者の年齢層は中学生から老年の方までかつてないほど幅広くなっていったからです。
こうして、読者層が、若年層から老年層まで幅が広がったこともあり、より見やすくする必要性が生まれてきました。
特に年齢層の高い読者の多い、時代小説などはその傾向が顕著です。まさに「鬼平犯科帳」などは、そのいい例と言えるのではないでしょうか。
しかし、ここに文庫本の大きなジレンマが存在します。
文字ポイントが大きくなると、1行に入る文字数が減り、1頁の文字数も減り、結果総頁数が増えることになります。
この結果、紙代も印刷代も余計にかかって、価格に跳ね返ることになります。
文字が大きくなって読みやすくなった文庫本。是非文庫本の魅力を味わっていただきたい。
とは言え、値段が上がるのは考えものでもあります。
文字が大きくなって読みやすくなったことと、その結果値段が高くなったことを、天秤にかけた時、私たちはどちらを良しとすべきでしょうか。 文庫本のジレンマは今後も続きます。