生田信一(ファーインク)
Albatro Designが手がける活版印刷のポスター、アートブック
今年の6月、Albatro Designの猪飼俊介さんが手がけられた活版印刷のポスターが、フランスのデザインアワード、DNA ParisにてGRAPHIC DESIGN賞をいただいたというニュースが飛び込んできました。ぜひ本コラムで紹介したいと思い、東京・目黒区にあるPRINT + PLANTに伺って、お話しを聞いてきました。
加えて、2019年9月〜2020年1月、フィンランドのユバスキュラ美術館での作品展示の様子や、展覧会のために作られたアートブック「DIMENSIONAL LANDSCAPE」についてもお話を伺いました。じっくりお楽しみください。
「大和板紙 新表現」のポスター
「大和板紙 新表現」と題した連作のポスターは、大和板紙に刷られた活版印刷の作品です。クライアントは林印刷所様。大和板紙の分厚い紙の新しい利用方法として活版印刷による“触れるグラフィック表現”を提案したポスターです。
サイズはA3サイズよりやや小さい変形サイズ(281mm×402mm)。ポスターは「SURFACE」「LINE」「COLOR」の3つがあり、さらに用紙を変えて刷った5連のポスター作品が出来上がりました。
それぞれのポスターの狙いや目的について、猪飼さんは「大和板紙さんの板紙特有な紙質と活版の相性を探ぐるところにありました」と語ります。
「SURFACE」
「SURFACE」は真鍮粉の入った金インキを3回重ねて刷ることで、金属のような質感を表現しました(写真1、2)。
このポスターは、3種類の版を場所とインキを変えながら刷ることでグラフィックを構成しています。色を重ねることで、真鍮粉の入った金インキが層を形成して段階的に表面の質感が変化していきます。猪飼さんはこの作品の見所を次のように語ります。
「活版では印刷面が凹むので、同じ場所に何度もインキを重ねても裏移りしにくいメリットがあります。“SURFACE”では、3種類の版を位置を変えながら異なるゴールドのインキで塗り重ねてもらっています。一版刷っては乾かし、その上に別の色を重ねます。インキが重なると立体感が増し、建築的な面白みが出ます。また、金の重なり方で風合いが違うところも面白いところです」
写真では伝わりにくいかもしれませんが、金インキが塗り重ねられている様子を感じ取っていただけるでしょうか。
「LINE」
「LINE」は爪を当てると音が出るぐらい、文字やグラフィックに強い凹凸があるポスターです(写真3〜7)。
「大和板紙の表面は硬く、柔らかい紙とは違う凹み方をします」と猪飼さんは語ります。「凹むけどハードな感じで凹みます。一般のクッション紙と違う面白さがあります。表面に固い何かがあって、それがスコっと抜け落ちるような感じです。手触り感も違いますね」
筆者は、以前、大和板紙さんの東京営業所で行われたセミナーに参加しました。大阪の製紙工場の様子をライブで映像配信して説明を伺うというもので、板紙が出来上がっていく様子を見ることができました。抄紙の工程では、紙の繊維が幾層にも重なって厚みを増していきます。その後、プレス、乾燥の工程を経て、頑丈な板紙が出来上がっていきます。製紙工場の様子をライブで拝見できる貴重な機会でした。
板紙は、普段、本の表紙やパッケージなどで触れることが多いのですが、凹んだデボス加工が施された文字の部分を触ると確かにハードな感触があります。「Line」は線なので圧が集中してかかる、と猪飼さんは語ります。このポスターでは凹凸表現が主体になっており、見て触って楽しむポスターに仕上がっています。
「COLOR」
「COLOR」では、蛍光色を使った活版印刷の新しい表現として、インキの量や印刷した時の環境により色が微妙に変わり続けるポスターを制作しました(写真8、9)。色鮮やかなポスター作品です。猪飼さんに作品の見所を訊ねました。
「“COLOR”は色の重なり方、変化の仕方を楽しむ作品です。プロセスカラーのシアンとイエローに蛍光のピンクを重ねています。オフセット印刷ではインキはブランケットを介して紙に「転写する」といったイメージですが、活版印刷ではインキを紙に“ぶつけて”印刷するため力強いイメージになります」
活版印刷では、インキを紙に“ぶつけ”、さらに圧を加えますから、印刷を均一に再現するがもっとも難しい部分と言えます。インキ量の調整により、再現される色も微妙に変わってきます。印刷工程では、細心の注意が払われたことが推測されます。
「活版のカラー印刷の実験はこれからも試していきたいです。写真やマンガなど、作家さんと印刷でのコラボレーションもやってみたいと考えています」と猪飼さんは今後の展望を語ります。
ポスター「厄除けのアマビエ様」
異色のポスターを紹介します。コロナ禍の緊急事態宣言を受け、活版印刷でお札のポスターを作成しました。クライアントは林印刷様、デザインは猪飼俊介さん、イラストも猪飼さんが起こされたとのことです(写真10、11)。
用紙は、平和紙業のエアクリーンペーパー。この紙は「抗菌」、「消臭」、「空気の清浄化」効果を持たせた印刷用紙です。
フィンランド、ユバスキュラ美術館での作品展示
2019年9月〜2020年1月、フィンランドのユバスキュラ美術館で開催された「15th International Print Triennial」で、猪飼さんの作品が展示されました。猪飼さんご自身も勤務先の東京藝術大学の方々とオープニングに合わせフィンランドを訪れたとのことで、お話を伺いました。
展覧会は、世界の各大学の教員・学生の印刷物を集めたもので、現代アートを盛り上げる構成だったそうです。展示された作品のジャンルはさまざまで、シルクスクリーンや印刷物を使ったオブジェ、写真を加工したものなど、印刷に関連したアート作品が並んでいたとのこと。AlbatroDesign FaceBook Pageに展覧会の様子が紹介されています。一部を抜粋します。
「今回は東京藝術大学デザイン科教員としての参加でしたが、作品はALBATRO DESIGNにて新しく制作した全て印刷内容の異なる活版印刷のアートブック“DIMENSIONAL LANDSCAPE”とPLANTS TRADEの“GLASS NOTE” (植物標本)を展示させて頂きました。 他国の印刷作家や現地の方々にも良い評価を頂き、また世界中の印刷作家の作品を間近で拝見できとても良い刺激をもらえました。お陰で新しい作品へのやる気をたっぷりと充電できた気がします。
空気や気候のせいなのか、渡航中街や森、湖が全体的にブルーが鮮やかだったのが街としての印象でした」
写真を拝見すると、ユバスキュラの街や森、湖の風景から鮮やかなブルーのイメージが伝わってきます(写真12〜15)。訪問したのは10月ですが、とても寒かったとのこと。北欧特有の白夜の風景も素敵です。
展覧会の様子は(写真16〜19)を参照ください。活版印刷や植物標本に見入る来場者の姿が印象的です。
アートブック「Dimensional Landscape (次元景観)」
「15th International Print Triennial」展のために作られたアートブック「Dimensional Landscape (次元景観)」は、10種類以上の亜鉛凸版をランダムに何度も重ねて印刷した全て内容の異なる活版印刷の作品集です(写真20〜28)。
本の構成は、最初に基本となるグラフィックが示され、それらを組み合わせて偶然できたグラフィックが続きます。白・黒・白・黒…でページが展開し、真ん中ぐらいからコラージュ作品になっていきます。活版の凹凸もしっかり表れたアートブックに仕上がっています。
版を繰り返し利用できるのが活版の面白いところで、位置をずらしたり回転させたりと、限られた版を使ってさまざまなグラフィック表現が可能であることがわかります。
このアートブックは製本が独特です。背の部分が和綴じで、ページを繋ぐのにクラフト紙を利用して開きを良くしています。この構造は猪飼さんが考案したものです。「海外で展示されることを意識し、和のイメージを取り入れました」と猪飼さんは語ります。製本作業はすべてご自身で行ったとのことで、本の中身がすべて違ったものになっていることが大きな特長です。全工程の制作期間は一か月くらいだったとのこと。
「デジタルでデザインしてそのまま出力するだけだと、印刷による複製があっという間に終わってしまいますが、活版印刷ではデザインが終わった後の印刷工程で思わぬことが起きるのが楽しい」と猪飼さんは話します。「失敗してしまったもの(ヤレ)でも後で別の用途で利用できることもあります」。すべての工程を楽しんでおられる様子がとても印象的でした。
今年の夏は、人が集まる大きなイベントが自粛されました。今回のコラムはWeb上で展覧会ができたらいいな、と思いながら原稿をまとめてみました。いかがだったでしょうか。9月以降は、展示会などの催し物も徐々に始まっていますが、まだまだ自粛ムードは続きそうです。本コラムでは引き続き足を使って、おもしろい情報をまとめていきたいと考えています。引き続きご愛顧のほどよろしくお願いします。
では、次回をお楽しみに!
ALBATRO DESIGN
ALBATRO DESIGNはグラフィック、活版印刷、プロダクト、空間までデジタルとアナログの両視点から新しい価値を生み出す、東京を拠点に活動するデザインスタジオです。
ALBATRO DESIGN is a Tokyo-based design studio that projects new value through specific multilateral perspectives that are derived from a range of analog and digital skills that include letterpress printing to graphic, product and space design.
PRINT + PLANT
Letterpress + Plants cafe shop in Tokyo。都立大学駅の活版印刷と植物をコンセプトにしたカフェショップです。
OPEN:日月13:00-20:00 / 木13:00-17:00(只今短縮営業中となります)
Instragram:https://www.instagram.com/printplant_official/