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京都大学図書館資料保存ワークショップ
[図書館に修復室をツクろう!]㊽
デービッド・アトキンソン氏の著書2冊

デービッド・アトキンソン氏の著書2冊 - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

今年2020年9月16日菅内閣が誕生しました。そして、「成長戦略会議」、内閣ブレーンの一人にデービッド・アトキンソン氏が起用されました。氏は新聞やテレビの報道によれば文化財の修復などを手がける小西美術工藝社の社長で、イギリス出身の元外資系証券アナリストとあります。

アトキンソン氏の名前には見覚えがありました。氏の著書『イギリス人アナリスト日本の国宝を守る』を読んだことがあったからです。この本の出版は2014年ですので、今から6~7年前のことです。

このWEB MAGAZINEのタイトルに「図書館に修復室をツクろう!」と付けさせていただいているように大学図書館に本の保存、修理・修復を行う修復室を作りたいというのが私たち「図書館資料保存ワークショップ」の悲願です。ワークショップを始めたのが2003年のことでしたから、この願いを実現できないまま17年が経ってしまいました。この本の出版を知って、飛びつくように読んだのが、ワークショップを始めて10年ほどが過ぎたころです。

私たちが修復室をつくりたいと目論んでいるのは国立大学に。ということもあって、ちょっとやそっとでは実現不可能であることは重々分かっています。が、それにしても「図書館資料保存ワークショップ」の大学での認知度さえも、なかなか得られません。「これは、起業のような組織づくりや、経営について学ばなければといういけない」と感じていた時でした。

『イギリス人アナリスト日本の国宝を守る』には、アトキンソン氏ならではの興味深い経験が記されていました。

氏はオックスフォード大学「日本学」で学んだ後に1985年に初来日。その後1990年、アメリカの投資銀行ソロモン・ブラザーズのアナリストとして日本に赴任し、さらにヘッドハンティングされて、1992年ゴールドマン・サックス社に移籍、日本の不良債権の実態を暴くレポートを発表し、注目を集めます。17年間日本経済と金融機関を分析する仕事をしています。

氏はなぜ「日本学」を学んだかの理由を日本文化に興味があったからというよりも、当時のイギリス経済がドン底だったのに比べ、日本は高度成長期だったので、日本語が喋れれば、就職に有利になるのではという考えだったそうです。

優秀な金融アナリストであるアトキンソン氏は日本の銀行や金融機関にデータに基づいた分析と提言をしますが、日本の銀行には受け入れられず、「外国人になにが分かる!」というような非難さえ受けて、帰国も考えます。

そんなとき、ある日本人のともだちが「こんな世界もありますよ」と茶道を紹介してくれます。たちまち、お茶の世界に引き込まれます。そんな時にお茶の友だちで小西美術工藝社の先代社長小西美奈さんと知り合い、「文化財保護の仕事は、普通は見られないものが見られたり、入れないところに入れたりしますよ。一度、修復の現場を見てください」と口説かれて、いつの間にか文化財の世界に引き込まれて行き、とうとう小西美術工藝社代表取締役会長兼社長として経営に携わることになります。

小西美術工藝社は日光東照宮など文化財建造物の、主として漆塗りを行う創業300年余の会社です。小西美術工藝社は「後継者不足」と「職人の技術低下」の二つの課題をかかえていました。社員は70人、そのうち50人以上は職人です。その3割が日雇いの非正規雇用でした。アトキンソン氏は職人を正社員化します。正社員化実現のために本社オフィスの賃貸料や経費の固定費を徹底的にカット、年功序列の給与体系をやめて、一定の年齢以上は昇級しないこととします。

若い職人の正社員としての収入を安定させると、この世界に必ずある悩み「後継者不足」「技術の低下」の現状を改善する流れが生まれます。すると職員の責任感が強くなり、品質管理が徹底されるようになりました。

勿論、いきなりやって来た外国人が給与体系をいじったりすることに職人からの反発がありました。しかし、伝統技術の会社でも、時代の流れに合わせていかなければならないことを粘り強く説明して納得してもらったと言います。

その効果はてきめん、小西美術工藝社の技術に対する評価は劇的に上がり、技術の継承も順調に行われるようになりました。

日本の銀行では受け入れられなかったアトキンソン氏の経営者としての「思い」に職人さんたちは見事に応えてくれたのです。氏は“職人という実力本位の世界で生きてきたひとたちなので、私の経営者としての能力を認めて受け入れてくれたのです”と驚きを持って記しています。
こうして文化財の修復を扱う会社を経営しながら、元金融アナリストらしく日本の文化財保護への国の予算の少なさ、人材育成政策の貧しさなどをイギリスと比較して指摘します。
日本が観光立国を目指すなら、もっときめ細かく寺社仏閣などの歴史的建造物の手入れを良くし、外国人にも良く理解できるようにガイドするべきである。とします。それが、日本の若者の将来を開くことになると言うのです。

経済や金融のことにはまったく不案内の私も文化財修復のことについては、深くうなずきたいことばかりです。

肝心の図書館に修復室をつくるのにはどうしたら良いのか?アトキンソン氏と私では、能力、経験などの条件があまりにも違いすぎます。しかし、将来図書館を担う若いひとたちに、現在までかろうじて受け継がれて来た図書館での書籍の保存の知識や技術を受け継いで行ってもらいたかったら、彼等彼女等が本に対する愛情持ち続けることができるような場を少しでも遺しておくことなら、できるかな!?と思ったのを覚えています。

実は、書籍の修復や修理はそんなにマイナーな世界でもなくなって来ていると思います。和本では古来から装潢師と呼ばれる職人がいらっしゃいます。洋本では身近な奈良にNPO法人書物の歴史と保存修復に関する研究会があり、活動していらっしゃいます。

でも、これらの方々の知識や技術が大学図書館所蔵の書籍の保存修復に生かされているかと言えば、まだまだです。それは、一つには、大学側の姿勢、もっと根本的には日本の文化財政策の貧しさに原因があると思います。どうしたらこの貴重な書籍修理・修復の技術を大学図書館のために生かし、継承して行けるのでしょうか?

さて、アトキンソン氏の著書の2冊目は『国運の分岐点―中小企業改革で再び輝くか、中国の属国になるか』という2019年に発行された本です。少々ドキッとするタイトルですが、アトキンソン氏が小西美術工藝社という中小企業の経営に携わって、その経験から、人口減少、大災害にこれからも見舞われるだろう日本の進むべき道を示しています。

この本では「最低賃金引き上げ」、「中小企業再編」などが具体的政策として主張されています。

このアトキンソン氏の考え方は菅首相によれば「彼の考えは私の考えにとても似ている」と話しているそうです。

上に書きました小西美術工藝社の例のように、このように日本の経済政策が進められれば、若い人の給料は上がり、出生率も上がると期待できると思います。そうあって欲しいです。「中小企業再編」の方ばかりが取り上げられて進められる事をとても危惧してしまいます。

アトキンソン氏の著書を紹介するのには、私の手には負えず、不消化になってしまいました。関心を持って下さった方はこの2冊の本を読んでみてください。
 1『イギリス人アナリスト日本の国宝を守る』講談社+α新書 2014年
 2『国運の分岐点―中小企業改革で再び輝くか、中国の属国になるか』
   講談社+α新書 2019年

図書館資料保存ワークショップ M.T.

デービッド・アトキンソン氏の著書2冊 - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所