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京都大学図書館資料保存ワークショップ
[図書館に修復室をツクろう!]86
修復は面白い!

今年最初のWEB MAGAZINE投稿ですが、新年のご挨拶を遠慮したいと思います。
昨年からの戦争や災害のニュースを見聞きすると、今の自分が平穏な日常生活をおくれていることが奇跡とも思えます。

自分が何か役に立てることはないのか?と焦る気持ちもあります。

しかし、少し落ち着いて思うことは、これまで過ごして来ることができた本や図書館の世界で先輩や仲間から与えられた沢山のものやことを、これからこの世界を担ってくれるひとたちに伝えて行くことを考えるしかないのでは。と思うのです。

我田引水ですが、それこそ<図書館に修復室をツクろう!>です。

昨年秋ころから、今年はルリュールの師匠故山野上禮子の遺作展を開きたいと、カタログや開催した展覧会の資料などを整理し始めました。その中で、京大文学研究科図書室所蔵のプラトン全集修復の記録写真が出てきました。山野上師匠が2003年当時、京大の内山勝利教授の依頼で修理製本をしたものです。

プラトン全集そのものについての内山教授(当時)の解説や山野上先生の修理・修復の京大附属図書館での講演記録は京都大学附属図書館報『静脩』40巻9号に掲載され、ネット上で読んでいただけます。

また本文紙に漉き込まれたウォーターマークについてはWEB MAGAZINE64、2022年3月15日号にウォーターマークとかくれんぼとして掲載していただきました。

今回は、すでに修理が完成し、もはや見ることができない<綴じ直し>、<花切れの編みなおし>、<新しい表紙芯への支持体麻ひも通し、固定>などの修理過程写真をごらんください。オブジェ写真風に愉しめると思います。

修理された『プラトン全集』は1578年、スイスのジュネーヴでアンリ・エティエンヌ(ヘンリクス・ステファヌス)によって刊行された大型フォリオ(二折)判、合計2000頁を越えるもので、ステファヌス版『プラトン全集』と呼ばれ、プラトンの著作を引用する時の引用箇所を記す根拠として使われます。
京大所蔵本は元来3巻のものが、2冊に合冊製本され、劣化のために本を開くこともできない状態でした。

先日、大津市立図書館で借り出した『プラトンの『国家』』(サイモン・ブラックバーン著木田元訳ポプラ社2007年)にも“問題になっているのはどうでもいいようなことではない。自分の人生をいかに生きるべきかに関わっているのだ。(第一巻352D)”という書き方で原文が引用されています。つまりステファヌス版『プラトン全集』の第1巻352頁D行(10行ごとにA-Eの符号が付いている)が原文の位置であることを示しています。

山野上先生の修理・修復の経験談も『静脩』40巻9号に掲載されています。

今あらためて読み返してみると、本の修理について勉強を進めてきた私たちの胸にストンと落ちて来るものになっています。

修復の手順は
1.綴じ糸を解きながら材料、汚れなど本の状態を記録する。記録を取りながら修復の方法、限度、 材料等々を考える。
2.紙の修理修復。紙の折山、つまり本の背が酸化してボロボロになっているものを修理する。2003年頃には和紙を使うことが、やっと一般的になっていましたが、山野上先生は当時手近にあった“和文タイプ用の薄葉紙”を使っています。
3.元の3巻に、280時間をかけ、54工程の手順を踏んで製本し直します。

山野上先生は製本家として修理と修復の相違に触れ、真の修復は本の刊行当時の材料や手法で行うべきとされるが、現在では不可能なことであること。現代日本では<読めるように毎日利用できるように>と要望されるので、元の本とは似ても似つかない製本になってしまう。それでも“Reliureのにおいだけは大切にしながら仕事をしています。多分これは感 じていただけると思います。何百年か経ち、平成の世に、こんなことをした人間がいたんだなと思って、手にしてくれる人がいればよいのですが。”と話しています。

そして、<修復の楽しみ>として“修復をしていると、昔の職人さんと対話が出来る。作業中のタイムスリップはとても楽しいことです。その時代の世界に触れることが出来る”
と。自分の仕事を振り返ってみることもしています。

最後に“本をとおして生活なさっている人々なので最後に修復者の立場からお願いが一つあります。” クーリス(Prof.Konstantine Choulis)さんというバチカンの本の修復にも関わられたアテネ大学の先生に、今日本の図書館で何ができるのかを聞いたところ「埃を掃ってください」という言葉を紹介して、“ぜひ本の酸化を患い、古書の保護と管理に関心をお持ちの方々、この埃を掃うと云う実行をお願いします。”とこの講演を締めくくっています。

丁度21年前の経験談です。クーリスさんと会われた時は私もご一緒でした。その時も「なるほど」とは思ったのですが、図書館資料保存ワークショップで仲間と少しずつ勉強し、少しですが、本の修理もしてみた今なら、もっといろいろなお話を聞きだしたかった。と思います。

山野上先生を、ルリュール作家として、本を通して表現する芸術家として、各製本工程の技術を学ぶ師匠として尊敬してきました。

山野上先生の修復経験談を改めて読んでみて、本の修復・修理ということを、日本の図書館でどうするのか?今、先生はどうおっしゃるでしょう?聞きたかったです。

図書館資料保存ワークショップ
M.T.

(写真1) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真1)元の表紙と背

(写真2) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真2)本文の傷んだ紙

(写真3) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真3)綴じ直された背

(写真4) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真4)綴じ直しプレスされた3冊

(写真5) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真5)整えられた背

(写真6) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真6)背を整えた3冊

(写真7) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真7)花切れを編む

(写真8) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真8)花切れ完成

(写真9) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真9)全冊花切れ完成

(写真10) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真10)本の重さに適した表紙芯カルトンを選ぶ

(写真11) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真11)カルトンの整形

(写真12) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真12)カルトンに支持体麻ひもを通すテスト表

(写真13) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真13)カルトンに支持体麻ひもを通すテスト裏

(写真14) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真14)表紙芯カルトンに支持体麻ひもを通す

(写真15) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真15)カルトンと本文の接続完了

(写真16) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真16)半革装に仕立てられた背と背文字

(写真17) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真17)表紙平に麻布、コーナーに革を貼る

(写真18) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真18)3分冊に戻された『ステファヌス版プラトン全集』

(写真1) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真1)元の表紙と背

(写真2) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真2)本文の傷んだ紙

(写真3) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真3)綴じ直された背

(写真4) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真4)綴じ直しプレスされた3冊

(写真5) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真5)整えられた背

(写真6) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真6)背を整えた3冊

(写真7) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真7)花切れを編む

(写真8) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真8)花切れ完成

(写真9) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真9)全冊花切れ完成

(写真10) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真10)本の重さに適した表紙芯カルトンを選ぶ

(写真11) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真11)カルトンの整形

(写真12) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真12)カルトンに支持体麻ひもを通すテスト表

(写真13) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真13)カルトンに支持体麻ひもを通すテスト裏

(写真14) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真14)表紙芯カルトンに支持体麻ひもを通す

(写真15) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真15)カルトンと本文の接続完了

(写真16) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真16)半革装に仕立てられた背と背文字

(写真17) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真17)表紙平に麻布、コーナーに革を貼る

(写真18) | 修復は面白い! - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真18)3分冊に戻された『ステファヌス版プラトン全集』