生田信一(ファーインク)
早稲田国際文学館 村上春樹ライブラリーに行ってきました
今回のコラムは、2021年10月1日、早稲田大学構内に開設した、早稲田大学 国際文学館(通称:村上春樹ライブラリー)を紹介します。このライブラリーは、同大学出身の作家・村上春樹さんから寄託、寄贈された小説、エッセイなどの関係資料や、海外で翻訳された膨大な著作、村上さんのレコードコレクションなどを保管、公開しています。
このライブラリーは一般の方にも公開されています(来館には予約が必要です)。「物語を拓こう、心を語ろう」というコンセプトがうたわれ、その拓かれた精神は館内の至るところで感じ取ることができました。とても居心地がよく、なおかつ奥深いライブラリーでした。さっそくご案内しましょう。
早大早稲田キャンパス、旧4号館を大規模改修して誕生したライブラリー
早稲田大学 国際文学館(村上春樹ライブラリー)は、東京都新宿区の早大早稲田キャンパス内にあります。旧4号館を大規模改修して誕生しました。
建物の入り口は木を加工して作られた流線形の庇(ひさし)で覆われ、これを潜って入ります。木の屋根はやわらかいカーブを描き、ライブラリーの入り口まで続いています(写真1、2)。
地下には学生が運営するカフェ「橙子猫 – Orange Cat -」があります。こちらは予約がなくても入れるとのこと。建物の脇の坂道を下ると、カフェの入り口があります(写真3、4)。
この場所を選んだのは村上さんご自身だそうです。 村上さんは学生時代に、村上春樹ライブラリーに隣接する坪内博士記念演劇博物館に足繁く通ってました(写真5)。
書棚のトンネルを抜けて地下へ
では、館内に入っていきましょう。「ごあいさつ」のパネルには次の言葉があります。
「どこにでもある“普通”の建物だった早稲田キャンパス旧4号館。村上春樹氏の作品世界との呼応を意図する建築コンセプトのもと、建築家・隈研吾氏(1954-)によるリノベーションを経て、大きく様変わりしました。象徴的な流線形をした外部トンネルや階段本棚、家具や館内サインのひとつひとつに至るまで、何度も話し合いが重ねられ、その都度、方向転換をしながら進められてきました。今、あなたが立っている場所は、わたしたちが出してきた答えです。
さまざまな人が実現に向け、関わり合い、一本一本の木材や鉄骨を組み立て、形づくる建築。本展では、こうした過程に結びついた「コミュニケーション」を探り、数々の製作者たちの作業の痕/製作者一人ひとりの存在を示すことを目指しました。完成した実際の空間を見ながら、わたしたちが辿ってきた過程を追体験していただける機会になることでしょう。(以下略)」
館内を一通り巡って思うのですが、館内のあらゆるものが、製作者の人たちが考え抜いた空間であり、構造、設計であることを実感します。本棚や調度された家具類、サインに至るまで、細かな配慮の痕跡が伺えます。
入り口を抜けるとすぐに、地下に続く本棚トンネルに出会います。高い本棚を見上げながら階段を降りていきます。トンネルの天井は、木で作られた流線形の屋根で覆われています(写真6、7)。
よく見ると、本棚や階段のいたるところに、本を読む人の小さなオブジェが据えられています。このオブジェは、本を読みながら思索に耽っているようで、なんとも愛らしい形です(写真8、9)。
村上作品に囲まれて読書を楽しむ
このライブラリーは、ゆったりとした空間の至るところに椅子や机、家具が配置されています。来館者は読みたい本を手にして、ゆっくりとくつろぎながら読書を楽しむことができます。
1階のメインエントランスを入ってすぐの左手にはギャラリーラウンジがあり、ここにはおよそ1500冊の本があるとのこと(写真10)。ここには村上春樹作品のこれまで刊行された本や、海外で翻訳された本が一堂に並べられています。海外の原書を読みながら日本語の本と比較することもできますし、触れたことのない本を手にすることもできます。
本は、ギャラリーラウンジやオーディオルームで、リラックスして読むことができます。なんて贅沢な空間なのでしょう(写真11、12)。
村上春樹さんは、音楽への造詣が深く、数万枚に及ぶLPレコードのコレクションをお持ちです。かつて、ジャズ喫茶「ピーター・キャット」を経営されていました。また、JAZZに関する多くの書籍も執筆・翻訳されておられます。館内のラウンジの一角では、ジャズ喫茶「ピーター・キャット」ゆかりのレコードが展示されていました。
(写真13)左のLPレコードは、ジャズギタリスト、アル・ファーローの『ア・リサイタル・バイ・タル・ファーロウ』。この展示には以下の解説コメントがありました。
「村上さんが経営していたジャズ喫茶「ピーター・キャット」でかけられていたレコード。その名残として、村上さん自身がデザインした猫のマークや、手書きによる店名がみられる」
オーディオルームの壁面には、これも村上さん所有のレコードジャケットが並べられています。30センチのアナログレコードのジャケットはインテリアとしても楽しく、このライブラリーに似合った空間を演出しています(写真14、15)。
さらに地下1階には、村上春樹さんの書斎を再現したエリアがあります(写真16)。解説コメントには以下の記述があります。
「村上春樹さんの現在の書斎を再現。プレーヤーやアンプ、椅子は同じ製品で、机の素材やソファ、絨毯は似たものを使用している。壁面両側に設えられたレコード棚には順次、村上さんから寄託・寄贈されるレコードが並ぶ予定。」
同じく地下1階には、ラウンジとカフェスペースがあります。ラウンジスペースには、村上さんが経営していたジャズ喫茶「ピーター・キャット」で使われていたグランドピアノが置かれています(写真17)。
企画展「建築のなかの文学、文学のなかの建築」
2階には、年2回の企画展示を行う展示室と、学生が研究やサークル活動、イベントなどで使える予約制のラボ、そして本格機材を完備したスタジオがあります。
2階では、私が訪れた時は、企画展「建築のなかの文学、文学のなかの建築」が催されていました。
建物の模型や設計時のプレゼン資料が展示され、とても興味深いものでした(写真18〜21)。この展示は2021年10月1日─2022年2月2日までです。
活版印刷で作られたダイカットコースター
「早稲田大学 国際文学館(村上春樹ライブラリー)」へ寄付していただた方に先行して活版印刷のコースターが作られました。大きなサイズの変形コースターで、活版印刷で2色印刷後、ダイカット(抜き加工)しています(写真22〜24)。また、円で抜き加工された1色刷りのコースターも合わせて作られました(写真25〜27)。
このコースターをデザインされたのは、本・雑誌・ポスターなど軸としつつ、幅広いジャンルでデザイン活動を行うThereThereさん。ThereThereさんは「早稲田大学 国際文学館(通称:村上春樹ライブラリー)」の本棚周りを中心としたビジュアル、特設サイトや企画展、グッズのアートディレクション・デザインを担当されています。ビジュアルについて、ThereThereさんのサイトで以下のように述べられています。
「2021年10月1日にオープンした早稲田大学 国際文学館(通称:村上春樹ライブラリー)
本棚周りを中心としたビジュアル、特設サイトや企画展、
グッズ(後日リリース予定)のアートディレクション・デザインを担当。
村上氏が母校である早稲田大学に資料の寄託・寄贈したことがきっかけとなり設立に至り、
建築家・隈研吾氏が館内のリノベーションを手掛けている。
大階段本棚では、サインに加え“パラレルワールド”のような2つの世界で存在する人形を制作。
村上文学の特徴のひとつといえる“現実と非現実があいまいに混在する世界”を表現した。
特設サイトでは大階段本棚と人形をグラフィックに落とし込み展開、
本を読む人々は自由に動き回り、実際の国際文学館同様の「文学の場」を表現している。」
また「国際文学館アネックス 公式WEBサイト」が開設されました(写真28)。同サイトでは、このサイトが立ち上がった経緯について以下のように述べられています。
「「物語を拓こう、心を語ろう」をモットーに、2021年10月、「早稲田大学国際文学館」(通称:村上春樹ライブラリー)が開館しました。キャンパス内で国際色豊かな「文学の家」をめざすのと並走して、アクセスしたい時にいつでも、どこからでも、「ここで物語との出会いがあるだろう」と期待していただけるウェブサイトを立ち上げました。」
このサイトでは、村上春樹ライブラリーで催されるさまざまなニュースが発信されています。ライブラリーの館内で行われる企画展示の告知やイベント、シンポジウムのレポートを読むことができるほか、インタビュー、エッセイ、ビデオコンテンツが紹介され、村上春樹ライブラリーの魅力を多方面から掘り下げて伝えています。
さまざまな人に開かれた早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)はとても魅力を感じます。ライブラリーの本棚から本や資料を選びパラパラとめくり、ラウンジで流れる音楽を聞き、カフェ「橙子猫 – Orange Cat -」でおいしいお茶をいただいて、リラックスしたひと時を楽しむことができました。また訪れたいと思います。
では、次回をお楽しみに!
[インフォメーション]
早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)
所在地:東京都新宿区西早稲田1-6-1
開館時間:10:00-17:00
※新型コロナウイルス感染症対策により、今年度は事前予約制
※事前予約URL: https://www.waseda.jp/culture/wihl/other/357
※カフェ利用は予約の必要なし
入館料:無料
休館日:原則水曜日(ウェブサイトで最新の開館日程をご確認ください)