白須美紀
糸になり織物になる、輝ける紙
楽芸工房
帯の素材となる引箔
世の中にはいろんな紙があるが、西陣織の世界には織物の素材になる紙があるという。引箔(ひきばく)呼ばれるもので、金や銀の箔を貼り付けたものだ。それらを細くカットし糸として織り込むと、引箔の上に表現された模様そのままの織物ができあがる。
「僕らがつくるのは一枚の紙ですが、専門の切り屋さんがいて、糸のように細く切ってくれるんです。糸2本ごとに引箔を1本織り込んでいくので、仕上がりはちょっと間延びする。それを見越して柄をつけています」
と教えてくれたのは、楽芸工房の村田絋平さんだ。引箔を織り込んだ帯は角度によって見え方が変わり、独特の輝きを見せる。金糸銀糸で織り成した豪華なものとはまた違うシックな良さがあり、着物好きに喜ばれる帯だ。
村田さんによれば、引箔に関する文献はほとんど残されていないという。箔の帯が人気を博し発展するのは明治維新以降だが、技術自体はもっと古くからあったと考えられている。
「西陣織は555年の歴史を誇りますけど、京都の織物の歴史自体はもっと古く、平安時代から高級織物がつくられていました。長い歴史を通してずっと時代時代の職人さんたちが知恵を絞って新しい織物を生み出してきたからこそ、今の西陣織がある。引箔もそうやって生まれてきたもののひとつです」
引箔の素材となるのは漆を塗った和紙で、仕上りの風合いに合わせて手漉きと機械抄きを使い分ける。その上から箔で模様をつけるのだが、箔はちぎったり、粉にしたり、別の素材に混ぜたりと自在に使える素材なので、貼り付けたり、吹き付けたり、シルクスクリーンのように印刷したり、溶剤で墨流しのようにしたりと、幅広い表現ができるという。また貼り付けるときも、摺ったり叩いたりで違った仕上がりになるのだそうだ。
楽芸工房の代表作となる引箔は、村田さんのお祖父さんが考案した「五色重ね(ごしきかさね)」。銀箔を焼いてつくったさまざまな色の焼箔や、染料で染めた色箔を使用する。実際の作業を拝見したが、何度も焼き箔を散りばめ、さらに溶剤に溶いて液状にした色箔を重ねてつくり込んでいた。制作のどの段階も見応えがあり、完成後は見えなくなるという下地さえも見惚れるばかりの美しさだった。
また、焼箔は時間とともに変化する特性があるという。焼き込んですぐの色は深みも足らないため、使用するまでに時間を置く必要があるのだそう。時がゆっくりと箔を育てるのだ。この日村田さんが使用していた箔も、村田さんのお祖父さんが後世のために残した70年前のものだった。
紙も紙以外も魅力的なプロダクトに
引箔の素材は紙だが、技法自体はさまざまなものに転用が可能だという。机の天板や壁などの建材、車の内装品などはお父さんの時代から挑戦しているといい、村田さん自身も2021年にBMWの内装を手がけた。村田さんのお人柄もあってさまざまなところからコラボの声がかかり、魅力的なプロジェクトが生まれている。
大がかりなものだけではない。台湾の「物外設計」が手がける人気の真鍮ボールペンには雲龍箔という引箔を施したものもあり、特にヨーロッパで人気を博しているという。箔の色が変化していくエイジングも、魅力のひとつになっている。
「いろいろ挑戦できるのは人とのご縁あってこそです。今後もよい作品をつくることで、引箔の可能性を体現していきたいですね」
工房においてあった村田さんのPCには、自作したステッカーが貼られていた。そもそも引箔は紙製品なのだから、ステッカーはもちろんノートなどの文房具にも転用できるだろう。できあがった引箔をスリットせずにそのまま飾っても、きっと素敵だ。
引箔には、尽きせぬ魅力と可能性が詰まっている。村田さんが次に何をつくるのか、引箔が次に何に使われるのか。今から次の挑戦が、楽しみでならない。
有限会社 楽芸工房
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