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紙と漆から生まれる「用の美」
近江一閑張 蛯谷工芸

写真1 - 紙と漆から生まれる「用の美」 近江一閑張 蛯谷工芸 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

骨組みにまで紙を使った一閑張

素地に和紙が使用されている漆器のひとつに、一閑張がある。1620年代に中国から渡日した飛来一閑(ひきいっかん)が考案したといわれる技術で、土台となる竹籠などに和紙を張り重ね、上から漆を塗って仕上げられる。漆の硬質さを持ちながらも和紙ならではの柔らかなフォルムや風合いを持つところが好まれ、棗や香合、菓子器などさまざまに使われてきた。木製の素材より軽くなるのも利点で、衣装を入れるカゴや文庫箱などの収納ケースとしても重宝されている。
一閑張は竹で土台を組むのだが、竹の代わりに紙ひもを使う技法を生み出したのが蛯谷工芸だ。紙ひもの柔軟さを活かし、編んだり曲げたり結んだりして、骨組みを作りあげていく。竹よりさらに軽く扱いやすいのが特徴だ。

「初代である祖父が考案し、近江一閑張と名付けました。もともとは清水焼の人形を載せる台をつくる職人でしたが、平面より立体をやりたいと考えていたところに、紙ひも素材に出会って今の技法に辿りついたのです」

と話してくれたのは、2代目の父と共にものづくりに励んでいる蛯谷亮太さんだ。

亮太さんによれば、近江一閑張の場合骨組みとなる紙ひもはパルプ材でできており、細く裂くことができるため作品の大きさにあわせて紐の幅も変えることができるという。さまざまな形に組み上げた素地に白い和紙をなんども貼り付け、下貼りを施す。乾いたら、さらに上から色和紙で上貼りする。無地も色和紙も富山の五箇山和紙を使用しているが、初代の金助さんが日本全国のさまざまな和紙を使ってみて、辿りついた最適の紙なのだそうだ。また色和紙は蛯谷工芸のために独自に染めてもらったもので、墨描きの模様が入っている。

「手漉きの和紙は繊維が長いので、凸凹にも馴染みやすく紙ひもの編み目をより美しくはっきり出すことができるんです。隙間なく丹念に貼ることで、丈夫に仕上がります」

五箇山和紙は地元で栽培された五箇山楮を使っている。寒暖差の大きな土地柄ゆえ繊維の長い楮が育つため、他産地に比べて強靭かつ均質な紙として定評があるという。こうした五箇山和紙の特徴が、近江一閑張に最適なのだろう。

近江一閑張の最後の仕上げ加工は2種類に分かれる。柿渋を塗り重ねて漆で仕上げる「柿渋仕上げ」と、ウレタンを使った「防水仕上げ」だ。柿渋には防虫、防腐、撥水の効果があり、柿渋ならではの風合いもある。古きよき一閑張の風情が感じられる仕上がりとなるため、旅館や和食店などから引き合いがあるといい、リニューアルした道後温泉には衣類籠が採用されたそうだ。一方でお盆などのようにしっかりと防水が必要な場合は、ウレタンで仕上げる。柿渋仕上げが伝統的な、「茜色」「雀茶」「栗色」の3色である一方、ウレタン仕上げは「深紅」や「紺碧」などシャープでモダンな色合いが揃っていた。

写真2 - 紙と漆から生まれる「用の美」 近江一閑張 蛯谷工芸 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真3 - 紙と漆から生まれる「用の美」 近江一閑張 蛯谷工芸 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真4 - 紙と漆から生まれる「用の美」 近江一閑張 蛯谷工芸 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真5 - 紙と漆から生まれる「用の美」 近江一閑張 蛯谷工芸 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真1 - 紙と漆から生まれる「用の美」 近江一閑張 蛯谷工芸 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真2 - 紙と漆から生まれる「用の美」 近江一閑張 蛯谷工芸 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真3 - 紙と漆から生まれる「用の美」 近江一閑張 蛯谷工芸 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真4 - 紙と漆から生まれる「用の美」 近江一閑張 蛯谷工芸 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真5 - 紙と漆から生まれる「用の美」 近江一閑張 蛯谷工芸 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

和紙の力で、軽くて丈夫に

一関張は、見た目の重厚さからすると意外なほどに軽く、頑丈で使いやすい。しかし、なかなか若い世代には馴染みがないのも事実だ。
そのためまだ三十代の亮太さんは、同世代はもちろん外国人にも近江一関張の良さを伝えたいと挑戦を続けている。白やパステルカラーなどのカラフルな製品を作ったり、アーティストと組んで作品を発表したり、アクセサリーを手がけたり。滋賀県近江八幡市の八幡堀にある蛯谷工芸のギャラリーショップでは、定番のものから新しい挑戦作にいたるまでさまざまな作品に出会うことができる。またギャラリーの立地から、観光客向けに店頭ですぐに挑戦できる気軽な箸置きづくりのワークショップも実施しているそうだ。

多様な作品群に目を奪われていると、面白い物が目に入った。近江一閑張のローテーブルだ。

「一閑張は丈夫なので、テーブルにも使えるんですよ。地震が起きて家が壊れてもその家にあった一閑張は損傷なかったという話もあるほどです。僕も一度自宅で使っている近江一閑張の箱の上に乗って実験してみたことがあるのですが、全く大丈夫でびくともしませんでした」

元は和紙で編んだ骨組みなのに、そこまで頑丈になるとは驚くばかりだ。柿渋と漆という天然の素材を組み合わせることで、丈夫な和紙のポテンシャルがさらに引き出されているのかもしれない。近江一閑張のものづくりに触れるうちに、昔ながらの日本の技術の素晴らしさに改めて気付かされることになった。

写真6 - 紙と漆から生まれる「用の美」 近江一閑張 蛯谷工芸 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真7 - 紙と漆から生まれる「用の美」 近江一閑張 蛯谷工芸 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真6 - 紙と漆から生まれる「用の美」 近江一閑張 蛯谷工芸 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真7 - 紙と漆から生まれる「用の美」 近江一閑張 蛯谷工芸 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

近江一閑張 蛯谷工芸 「蔵 -KURA-」

紙と漆から生まれる「用の美」 近江一閑張 蛯谷工芸 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

住所 滋賀県近江八幡市大杉町12 八幡堀 石畳の小路
電話  090-8381-5788
ウェブサイト https://ebitani.jp/
開館時間 10:00~17:30
休館日 火曜日(その他不定休)

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