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京都大学図書館資料保存ワークショップ
[図書館に修復室をツクろう!]⑫
国立国会図書館遠隔研修に学ぶ:資料保存をマネジメントするという考え方

国立国会図書館遠隔研修に学ぶ:資料保存をマネジメントするという考え方 - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

今回はメンバーの1人が受講した国立国会図書館の遠隔研修「資料保存の基本的な考え方」に絡めて、資料保存という仕事をどのようにマネジメントするか?という観点から話題をご提供します。

ご存知の通り、国立国会図書館は国内唯一の国立図書館で、通常の図書館サービス以外にも様々な事業を実施しています。
図書館員を対象にした研修の実施もその1つで、今回メンバーが受講した「資料保存の基本的な考え方」は、インターネットを通して教材が自学自習で進めていくスタイルの研修です。
http://training.ndl.go.jp/course/under.html?id=45

国立国会図書館と言えば、国内最大の規模を誇り貴重な古典籍も多数所蔵する図書館です。
そんな図書館で実施している研修というと、非常に高度で専門的な内容というイメージを持たれるかもしれません。
実際に国立国会図書館ではそのような高度に専門的な資料保存の仕事に従事される方もいらっしゃいますが、この研修はそのような高度な知識や技術を学ぶという性質のものではありません。

自分の図書館の大事な図書を綺麗な形で保存したいけれども、様々な種類の仕事に従事しているので、資料保存の仕事だけに集中することはできない。
そのような環境でどうすれば資料保存を実現できるか?
という非常に現実的かつ現場の図書館員の実情を出発点とした研修です。

この場で研修の全てをお伝えすることはできませんが、少しだけその内容をご紹介することで、私たち図書館員が資料保存に対して、どのようなスタンスで取り組んでいるかをお話ししたいと思います。

研修の中でとにかく強調されているのは、資料保存=傷んだ本を見つけて都度都度直していく仕事、というイメージだけで捉えてはならないという点でした。
もちろん傷んだ本を修繕して使える状態に直すこと自体は大変重要な仕事で、私たちもワークショップを通して日々その技術を学んでいます。
しかし、それ以上に重要なのは図書館全体の本の劣化状況を把握しながら、必要な時に必要な処置を施す体制が整えられていることで、現在の図書館における資料保存はそのような考え方が主流になっています。

これだけではなかなかイメージが湧きにくいでしょうか?例えばこんなことです。

図書館の本の大部分は、使ってもらう、読んでもらうことを想定しています。
本は使ったり、読んだりすればするだけ劣化してしまいますので、残念ながら常に100%完全な状態で保存することはできません。
しかし工夫次第で劣化を遅らせることはできます。

図書館の本は大部分の時間を書棚や書庫に置かれた状態で過ごしますので、書棚・書庫の環境を整えることは図書館全体の本を劣化から守る上で非常に重要です。
強い光は劣化の大きな原因ですし、湿度の高いところ(一般に60%を超えると危険水準だそうです)に置いていると、カビが発生してこれも本を劣化させてしまいます。

書棚の配置を俯瞰して、直射日光がまともに当たってしまう配置になっていないかどうかや除湿機を導入するなどして適切に温湿度を管理しているかどうかなど、傷んだ本をその都度直すよりも、そもそも本が傷みにくい環境を整えましょう、というのが現在の資料保存の基本的な考え方です。
とりわけ日本のように湿度の高い国では温湿度管理がネックになっています。
(京都大学の図書館ももちろんそうで頭の痛い課題です)

劣化しづらい環境を作ったとしても本の修理が必要なケースはいつでも発生し得ます。
こうしたなんらかのケアが必要になった本を必要になった段階ですぐに把握し然るべき措置を施せるようにする、というのが次のステップです。

あまりにも手に負えないと判断すれば廃棄して新しい本を購入してしまうこともありますし、代替品の入手できない貴重な本であれば業者さんなど専門家に依頼することもありますが、自前で修理ができれば材料以外にお金をかける必要もありませんしそれが一番です。

この研修でも自前でなんとかできる簡易修理については、基礎知識として非常に具体的なレベルで紹介されています。
このコラムでも何度かご紹介したページ破れや外れを糊と和紙で修理する簡易補修も紹介されておりますし、今までコラムでご紹介していないところでは、中性紙のボードを使った写真のような保存箱の作り方も紹介されています。
(意外と簡単に作成できます)

私たちのワークショップは「自分でできること」を磨きながらその範囲を拡大していくことで、傷んだ本を少しでも多く救い出したいと思っています。
しかし同時に図書館全体の本の劣化状況を管理しながら、長期的な視野で図書館の資料が保存できる体制を整えるという考え方もまた重要で、これは誰か1人が頑張ればできるわけではなく図書館全体として取り組まなければならない課題です。

環境を整えるには機器の購入や工事などお金を伴いますし、数千冊・数万冊規模図書館の本の状態を1人で毎日チェックすることもできませんから、ケアしなければならない本を誰がどのようにピックアップするか(できるか)というのも図書館全体として考えなければならないことです。

受講前は、修理の仕方・ものの作り方といった実践的な内容を予想していましたが、思いの外大きなレベルの話題が語られ、図書館資料保存の世界の奥深さを感じ入った研修でした。

京都大学図書館資料保存WS
R.M.

国立国会図書館遠隔研修に学ぶ:資料保存をマネジメントするという考え方 - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所