森カズオ
文字のある風景⑭
『ダンスは済んだ』~回文のたしなみ~
「ダンスは済んだ」…これをかなに開くと「だんすはすんだ」。左から読んでも右から読んでも「だんすはすんだ」。このような文は「回文」と呼ばれ、古来より言葉遊びの一形態として親しまれてきた。これは、日本固有のことではなく、古今東西、世界中でつくられてきたようだ。英語の回文で、有名なものに「Madam, I’m Adam」という名作があるし、ものの本によると西暦79年のベスビオス火山噴火で滅んだヘルクラネウムという町の遺跡に「Sator Arepo Tenet Opera Rotas」という文が刻まれていたというから世界における回文の歴史は1900年以上の歴史を持っている。なんとも奥が深いのである。
視線を再び日本に移そう。我が国では、室町時代の頃から縁起物の宝船の絵に回文の歌を添えるという「初夢」文化がもてはやされてきた。今では、すっかり廃れてしまっているが、「長き夜の遠の睡りの皆目醒め波乗り船の音の良きかな(なかきよの とおのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな)」などの歌が添えられた。正月二日の夜にこの歌を添えた宝船(七福神)の絵を枕の下に敷いて、歌を三度唱えて眠れば、吉夢が見られるとされていたようである。
この初夢文化はすっかり影が薄くなったが、回文の文化は今も脈々と続いている。全国各地に愛好家がいて、さまざまな作品を発表している。ネット検索をすると分かるが、あまたの回文サイトやブログがヒットしてくる。たかが回文、されど回文…の様相だ。
「トマト」「新聞紙」「竹藪焼けた」など単純なものから「内科では薬のリスクはデカイな」「好きの印キス」「世の中ね顔かお金かなのよ」など長くてユニークな回文が全国津々浦々でつくられているのである。
一般的に「回文は左(上)から読んでも右(下)から読んでも同じ文」といわれるが、正確には「どちからから見ても同じ文字が並んでいる文」とするのが正しいとされている。文章というよりも文字列と考えた方が当たりのようなのだ。
ここで、簡単な回文制作のコツを紹介してみよう。
①:まず、単語をひとつ選ぶ。名詞でも動詞でも形容詞でもいい。例えば、「サル」。
②:選んだ単語を反転させる。「ルサ」。
③:①②の2つの単語をつなぐ「サルルサ」
④:③の言葉に言葉を足して意味をつくり出す「サルサルサ(猿去るさ)」。
これでとりあえず回文が完成する。もっと長くしたいなら①~④を繰り返して足していく。ちょっと根のいる作業ではあるが、完成した時の達成感を一度味わうとクセになってくるものだ。
最後に、名作回文をいくつか紹介しておこう。
■ダメ男子 モテ期が来ても 死んだ目だ
■夜鳴くなよ 柴犬 居場所なくなるよ
■軽い機敏な子猫 何匹いるか?
■禁煙は 至難詮無し 半延期
■私またとっさに さっと騙したわ
いかがだろう。ぜひ、つくり方を参考にチャレンジしてほしい。