アミリョウコ
活版印刷チラシを始めた工房
Agosto(8月)
こんにちは。今年の日本はとにかくめちゃくちゃ暑いというニュースを見て、すでに一番暑い時期を過ぎ去ったオアハカではなんだかピンとこずにニュースを眺めていました。あれよあれよとお盆休みに入り、友人がメヒコまではるばる遊びに来てくれました。
オアハカをうろうろするだけではなく、グアナファトという別の州にも足を運んできたのですがそこでオアハカではまだ見かけないタイプの工房を見つけたので、今回はそれについて書きたいと思います。
グアナファト州は、私の住んでいるオアハカ州からは飛行機の直行便はなく、飛行機を乗り継いで行くか、あるいはバスで行くことになります。オアハカからメキシコシティは1時間。私たちはそこからバスでグアナファトを目指したのですが、かかった時間は5時間。旅をして改めて感じますが、メヒコは大きな国です。
グアナファト州は近年では日本の自動車会社やその関連会社もたくさん進出しているので、メヒコ国内でも屈指の日本人の方が暮らす州という印象があります。グアナファト州の州都でもあるグアナファト市は街並みがカラフルで美しく世界遺産にも登録されており、小さな町ですが観光客でにぎわう街です。オアハカもかわいい街並みですが、グアナファトには多くの銀山がありその名残で町の中にはたくさんのトンネルがあったり、街の中心部が低く小さな道や坂が上に向かって入り組んでいます。足元には石畳が広がり、街を見上げると色とりどりの建物が目に飛び込んできて、まるで中世にいるかのような雰囲気にさせてくれます。オアハカの土っぽい感じが少し抜けていて、同じメヒコでしかもコロニアル都市なのですがずいぶんと違った印象を受けます。
実はこのグアナファトに以前数か月住んでいたことがあり、今回の訪問は町を歩きながら少しノスタルジックな気分になったりもしましたが、当時は見かけたことのなかった版画工房を見つけた時にはそんな気分も吹っ飛んですっかり鼻息荒く質問攻めをしている私なのでした。
Taller de grabado Corazón Parlante
グアナファトにも何軒か版画の工房があるという話は聞いたことがあるのですが、街歩きをしていると3件ほど見つかりました。
3軒ともオアハカにあるものとは違った雰囲気なのが面白かったですが、その中でも気になったのが”Taller de grabado Crazón Parlante”という工房です。
街の中心部のメインストリート沿いにあるのにも驚きですが、広々とした工房にもびっくりしました。1階部は小さなお店とワークスペース、奥にもワークスペースがあり、2階部がギャラリーになっていました。
版画プレス機もありましたが、部屋の端っこの方には活版印刷機があり、話を聞いていると展示のポスターを作るのに活版印刷を何年か前から取り入れ始めたとのこと。
活版印刷で作るポスター
「版画の展示のポスターなのに、それをデジタルで印刷するのってなんか違うかも……」という考えから始まったそうです。
今のところ、あくまで印刷の目的はポスターの印刷ということで、街の中で貼って告知するように刷るだけなので大きな活版の印刷機は所有しておらず、こちらのテストプリントを手で刷る印刷機で刷っているとのこと。
こちらがそのポスターたち。活字の種類は少ないながらも、版画と組み合わせられるとこの迫力です。以前見た活版印刷で刷られた本から受けたシンプルだけどそっと作り手の息遣いと存在感が感じられるのとはまた違った、もっと直接的な生命力というのか力強さを感じられるポスターの数々でした。
“Gráfica para todos”
そしてもう一つ教えてもらった「Gráfica para todos(すべての人にグラフィックを!)」というプロジェクトもとても興味深かったです。
こちらのプロジェクトは、テキンをもっていろいろな街に出かけて、その場所の有名なものやアイコンとなるものの版画を作成して、刷り上がったものを通りすがりの人にプレゼントするというプロジェクトだそうです。
しかも印刷は屋内ではなく道端で行うというのだから、通りかかったら絶対に気になってしまうと思います。
どういう経緯でこのプロジェクトが始まったのかを聞いてみると、メヒコには「クロモ」を家に飾るという文化があるということを教えてもらいました。
「クロモ」とはポスターのようなものを指す言葉らしいのですが、調べてみると「19世紀の終わりごろに版画やはがき、石版画、彫刻などでたくさんの絵が制作され、やがて石版画の多色刷りの技術が発達し、それらの絵はカレンダーを装飾するための重要な要素になった」ことがその起源にあるようです。
そこに描かれるのは、歴史や宗教、あるいは伝統や滑稽さなどのメヒコ文化です。それらはメヒコ人として生きたり考えたりするための大切な要素が詰まっているので、カレンダーとともに飾られることで、メヒコ人としての伝統的な生き方を受け継ぐといった意味合いがあるようです。確かに暮らしていると日常的に、メヒコでは宗教的・歴史的な絵を日本で見るよりもはるかに多く見る機会があるように感じます。
その「クロモ」というイメージ(=グラフィック)を飾るという文化も少し取り入れて、気に入った絵(イメージ、彼らのプロジェクトの場合は版画)を家に持って帰って自分の好きなところに飾ってもらいたいというのが狙いだそうです。
気に入った絵を、後で色を付ける人もいるだろうし、額装する人もいるだろうし、直接壁に貼る人も入れないし、いずれにしても生活のどこかにそれらの版画を飾ってもらえたらいいな、という、まさに「すべての人にグラフィックを」の精神が詰まった素敵なプロジェクトだなと思いました。
今までいろいろな街でこの印刷会を行ったそうですが、累計3000枚くらいもの版画がこのプロジェクトにより刷られたそうです。
日本にいるときはポストカードやポスターを飾ることはあっても、インクで印刷されたもの、または直接誰かによって描かれた絵画を飾ったことはなかったのですが、オアハカに暮らすようになって版画家の友だちができたり、自分自身も版画をしたりするようになってこれらの印刷物を部屋に飾るようになりました。
そもそも気に入ったものを飾るのですが、不思議なもので見れば見るほどもっと好きになる気がして、いつも部屋にいると気が付けばどれかしらの作品に目がいきます。
メヒコには、いわゆるデジタルではない印刷物とアーティストと一般の生活がものすごく絶妙な距離感で存在しているのを改めてみることができたような、そんなグアナファトでの出会いでした。たくさんお話を聞かせてくれたTaller de grabado Corazón Parlanteのお2人に感謝です。グアナファトに旅行することがある方はぜひとも訪れていただきたい工房です。カフェも併設されているので、アートと一緒にカフェタイムをするのもおすすめです。
日本人観光客も多い街なので別の工房で、日本人もアート作品を買っていくのか尋ねてみたところ、日本人はなかなか買っていく人は少ないそうです。どちらかというと、お手軽さが売りのポストカードのほうが人気なのだとか。日本でも自分の好きな作品の原画なり版画なり直接人の手でつくられたものを身の回りにおいて生活する人がもっと増えればいいな、という願いを込めまして、それでは、コラムはまた来月!
<お知らせ>
9月15・16日に大阪梅田で開催の”UNKNOWN ASIA”というアートフェアに参加することになりました。オアハカより大阪へ行きます!
このコラムを読んで下さっている方で、メヒコのことを直接聞いてみたいという方がいらっしゃいましたら是非気軽に声をかけていただければうれしいです。
<出典>
MUCAL
Taller de Estampa y Grabado Corazón Parlante
Wikipedia (クロモリトグラフィーについて)