森カズオ
文字のある風景⑰
『雑誌』～絶滅危惧種の文字媒体2～

1970年代から1980年代にかけて、例えば“小京都”と呼ばれるような鄙びた地方都市に20歳代の女性たちが押し寄せるという現象があった。彼女たちは、雑誌やガイドブックを片手に、そこに掲載された見どころをトレースして回っていたのである。彼女たちが、いわゆる“アンノン族”と呼ばれる人たち。今ではすっかり“死語”となってしまった言葉ではあるが、1960年代以前に生まれた人たちには、とても懐かしい言葉だと思われる。

“アンノン族”の語源とされているのは、女性向け雑誌の『an-an』（マガジンハウス）と『non-no』。『an-an』は、平凡出版（現マガジンハウス）が1970年に『平凡パンチ』の女性版として創刊、『non-no』は、『an-an』の対抗馬として集英社が1971年に創刊した。どちらの雑誌も美しい写真をメインにして旅行記事を掲載し、それに共感した若い女性たちが、取り上げられた記事を追体験するべく、地方に繰り出したというわけだ。時を同じくして国鉄（現JR）は、国内旅行の浸透を図るべく“ディスカバー・ジャパン”というキャンペーンを打ち、『an-an』『non-no』とのシナジー効果で、日本全国の小都市にうら若い女性たちが訪れるようになったのだ。

このブームを支えていたのが、いわゆる“団塊世代”の女性たち。日本の人口のボリュームゾーンに属する人たちだ。考えてみれば、マスコミと呼ばれるメディアの成長を支えていたのは、この世代の人たちである。1947（昭和22）年から1949（昭和24）年までの３年間に生まれたのは800万人超。このマンパワーが、ブームを動かす原動力であった。雑誌というフラフィック媒体（文字媒体）もその恩恵を受けて成長していた。雑誌は、時代をつくるキーファクターとなっていたのだ。

しかし…今の雑誌はどうだろう。多くの有名ファッション雑誌は、そのほとんどがネット配信と化している。いや、ファッション雑誌だけではなく、雑誌という雑誌がデジタル化されてしまっているのだ。それは、印刷発行しても売れないからである。なぜ、売れないのか…。印刷して出版するには、“印刷”というステップが必須となる。このタイムラグが、情報の鮮度を奪ってしまう。少なくとも“１か月遅れ”という事態に陥るのである。ネットでアットタイムの情報を得ている人たちにとって、このタイムラグは致命的なデメリットとなる。さらに印刷することで高いコストが発生する。“高い、古い”…そんな情報にお金を出す人がいないのは、当然のことだろう。

“アンノン族”は、今は昔。このような雑誌が引っ張るブームは、もう二度とおとずれないのではないだろうか。時代は、今やインスタグラムやユーチューブがつくり出している。印刷された雑誌がブームのけん引役を果たすことは皆無だろう。でも、雑誌はなくならないと思う。レコードがCDに取って代わられ、やがてネット配信へと進化しようとも、SP版と呼ばれるレコードが珍重されたりするご時世である。印刷雑誌も、ごく少数のマニアたちのコレクションアイテムとして生き残る可能性がある。文字を愛する人たちが居る限り、雑誌は滅びたりしない。永遠に不滅なのである。決して絶滅したりしない“絶滅危惧種”なのだ。

『an-an』創刊号（1970年） | 文字のある風景『雑誌』～絶滅危惧種の文字媒体2～ - 森カズオ | 活版印刷研究所