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森カズオ
文字のある風景⑲
『グラフィティ』~街角のつぶやき~

数年前のこと、アーティストの奈良美智氏がNYの地下鉄の車両に落書きをしたことが話題になったことがあった。その落書きは、アート活動なのか、それとも軽犯罪なのか…メディアの先導でさまざまな意見が交わされたことを憶えている方も多いと思う。こういった類の論争を見聞きして思うのは、「誰が描いたか…」ということに注目して議論が進んでいくな、ということだ。奈良さんのような有名なアーティストだから許される…といった論調が必ず登場してくるのである。

洋の東西や時代に関わらず、落書きというものは、ある意味、社会や体制への警鐘であったり批判であったりすることが多かった。例えば、鎌倉幕府が滅亡し、後醍醐天皇による新政府が開設された頃に、天皇が掲げた建武の新政に対する批判の文が京都の二条河原に掲げられた。いわゆる「二条河原の落書」である。少し長いが前文を掲載したいと思う。

ウラなんばで見かけたグラフィティ。文字のようであり、絵のようであり…。 | 文字のある風景 『 グラフィティ 』~街角のつぶやき~ - 森カズオ | 活版印刷研究所

ウラなんばで見かけたグラフィティ。文字のようであり、絵のようであり…。

此頃都ニハヤル物 夜討 強盗 謀(にせ)綸旨
召人 早馬 虚騒動(そらさわぎ)
生頸 還俗 自由(まま)出家
俄大名 迷者
安堵 恩賞 虚軍(そらいくさ)
本領ハナルヽ訴訟人 文書入タル細葛(ほそつづら)
追従(ついしょう) 讒人(ざんにん) 禅律僧 下克上スル成出者(なりづもの)

器用ノ堪否(かんぷ)沙汰モナク モルル人ナキ決断所
キツケヌ冠上ノキヌ 持モナラハヌ杓持テ 内裏マシワリ珍シヤ
賢者カホナル伝奏ハ 我モ我モトミユレトモ
巧ナリケル詐(いつわり)ハ ヲロカナルニヤヲトルラム

為中美物(いなかびぶつ)[1]ニアキミチテ マナ板烏帽子ユカメツヽ
気色メキタル京侍
タソカレ時ニ成ヌレハ ウカレテアリク色好(いろごのみ)
イクソハクソヤ数不知(しれず) 内裏ヲカミト名付タル
人ノ妻鞆(めども)ノウカレメハ ヨソノミル目モ心地アシ
尾羽ヲレユカムエセ小鷹 手コトニ誰モスエタレト 鳥トル事ハ更ニナシ
鉛作ノオホ刀 太刀ヨリオホキニコシラヘテ 前サカリニソ指ホラス

ハサラ扇[2]ノ五骨 ヒロコシヤセ馬薄小袖
日銭ノ質ノ古具足 関東武士ノカコ出仕
下衆上臈ノキハモナク 大口(おおぐち)ニキル美精好(びせいごう)

鎧直垂猶不捨(すてず) 弓モ引ヱヌ犬追物
落馬矢数ニマサリタリ 誰ヲ師匠トナケレトモ
遍(あまねく)ハヤル小笠懸 事新キ風情也

京鎌倉ヲコキマセテ 一座ソロハヌエセ連歌
在々所々ノ歌連歌 点者ニナラヌ人ソナキ
譜第非成ノ差別ナク 自由狼藉ノ世界也

犬田楽ハ関東ノ ホロフル物ト云ナカラ 田楽ハナヲハヤル也
茶香十炷(ちゃこうじっしゅ)[4]ノ寄合モ 鎌倉釣ニ有鹿ト 都ハイトヽ倍増ス

町コトニ立篝屋(かがりや)ハ 荒涼五間板三枚
幕引マワス役所鞆 其数シラス満々リ
諸人ノ敷地不定 半作ノ家是多シ
去年火災ノ空地共 クソ福ニコソナリニケレ
適(たまたま)ノコル家々ハ 点定セラレテ置去ヌ

非職ノ兵仗ハヤリツヽ 路次ノ礼儀辻々ハナシ
花山桃林サヒシクテ 牛馬華洛ニ遍満ス
四夷ヲシツメシ鎌倉ノ 右大将家ノ掟ヨリ
只品有シ武士モミナ ナメンタラニソ今ハナル
朝ニ牛馬ヲ飼ナカラ 夕ニ賞アル功臣ハ 左右ニオヨハヌ事ソカシ
サセル忠功ナケレトモ 過分ノ昇進スルモアリ
定テ損ソアルラント 仰テ信ヲトルハカリ

天下一統メズラシヤ 御代ニ生テサマザマノ 事ヲミキクゾ不思議ナル
京童ノ口ズサミ 十分ノ一ヲモラスナリ

この落書の編者は不詳とされているが本文中で「京童」と名乗っていて、都の町衆の代弁者という立場を取っているのが分かる。当時の世情を批判した文章ということだろう。時代は下って江戸の幕末、黒船が来航した際には、「太平の眠りを覚ます上喜撰たった四杯で夜も眠れず」という狂歌がつくられ、世間に広まった。純粋な落書きとは言えないかもしれないが、これも落書的なものと思っていいのではないだろうか。

目を西洋に移すと、西暦79年(今から2千年ほども前!)にイタリアのベスビオス火山が大噴火してポンペイという都市が滅亡した。その遺跡から当時の落書きが出土した。レストランのような施設の壁に木炭で書かれたものだと推定されているが、そこには「近頃の若者はなっていない」とぼやく落書きがあった。これは、現在のツイッターのつぶやきに通じるのではないだろうか。

落書きは、メッセージである。誰かに何かを伝えたいという想いにかられて書き手は書いている。落書きされた壁や電車は、とたんに設備からメディアと変化する。落書きがアート活動なのか、軽犯罪なのかはよく分からないけれど、時代のメッセージを伝えるメディアのコンテンツであることは確かなことだと思う。

ウラなんばで見かけたグラフィティ。文字のようであり、絵のようであり…。 | 文字のある風景 『 グラフィティ 』~街角のつぶやき~ - 森カズオ | 活版印刷研究所

ウラなんばで見かけたグラフィティ。文字のようであり、絵のようであり…。

ポンペイ遺跡で見つかった2000年前の落書き | 文字のある風景 『 グラフィティ 』~街角のつぶやき~ - 森カズオ | 活版印刷研究所

ポンペイ遺跡で見つかった2000年前の落書き

工事現場の壁もメディアに。新しいビルができると消える運命である。 | 文字のある風景 『 グラフィティ 』~街角のつぶやき~ - 森カズオ | 活版印刷研究所

工事現場の壁もメディアに。新しいビルができると消える運命である。

なにわのゴミ箱は、メッセージボード。アートなのかゴミなのかは、見る人が決めることか…。 | 文字のある風景 『 グラフィティ 』~街角のつぶやき~ - 森カズオ | 活版印刷研究所

なにわのゴミ箱は、メッセージボード。アートなのかゴミなのかは、見る人が決めることか…。

ポンペイ遺跡で見つかった2000年前の落書き | 文字のある風景 『 グラフィティ 』~街角のつぶやき~ - 森カズオ | 活版印刷研究所

ポンペイ遺跡で見つかった2000年前の落書き

工事現場の壁もメディアに。新しいビルができると消える運命である。 | 文字のある風景 『 グラフィティ 』~街角のつぶやき~ - 森カズオ | 活版印刷研究所

工事現場の壁もメディアに。新しいビルができると消える運命である。

なにわのゴミ箱は、メッセージボード。アートなのかゴミなのかは、見る人が決めることか…。 | 文字のある風景 『 グラフィティ 』~街角のつぶやき~ - 森カズオ | 活版印刷研究所

なにわのゴミ箱は、メッセージボード。アートなのかゴミなのかは、見る人が決めることか…。