アミリョウコ
シルクスクリーン工房75°に行ってきた話。
Abril(4月)
こんにちは。最近は、めっきり気温の高い日々が続いているオアハカです。
先月(3月)に、CDMX(メキシコシティ)に行ってきました。目的はシルクスクリーンのワークショップを受けることです。
ここオアハカでは、版画の文化はあるのですがあまりシルクスクリーンを専門的にしている人にあまり出会いません。ノベルティグッズなどを印刷するいわゆる商業的なシルクスクリーンのお店はいたるところにあるのですが、紙に印刷したりアート作品を印刷するという場所はあまり見かけないような気がします。(私が知らないだけかもしれませんが。)
以前CDMXに行った時にめちゃくちゃ素晴らしいシルクスクリーンの印刷物を見たことがありました。どこで印刷されたのかをお店の人に聞くと、75°(セテンタイシンコグラドス)という工房だということでした。
それ以来、75°のinstagramをフォローしていたのですが、ある日「ワークショップ開催のお知らせ」という投稿を見つけました。詳細を問い合わせると、毎週土日開催で3週間にわたるものだということでしたが、遠方からなので難しいかなと思っていた矢先、そこはフレキシブルなメヒコ。
「1週間連続でもいいよ」
とのこと。こんなにもトントンと話が進むのも何かの縁だ、と思い参加を決定したというわけです。
CDMXは、ちょうどハカランダ(ジャカランダー)の花が満開でした。色こそ違いますが、一斉に枝いっぱいに花が咲き誇るのは桜のようで思わずうっとりと見とれてしまいます。(写真1)
工房75°は、マエストロ(先生)アルトゥーロが率いる工房です。シルクスクリーンの印刷一筋37年の歴史ある工房です。
細長い2階建ての敷地にある工房で、働いているのはいずれもいかにも職人さん、というマエストロたちでした。シルクスクリーンのイメージは、ステッカーを刷る若者たち、という印象が強かったので、この道25年以上の職人さんたちの仕事を見せてもらえるのは非常に貴重な体験でした。
これも1週間連続でワークショップを受講することになったからで、平日に工房にお邪魔させてもらえることで工房の仕事の流れを見ることができました。(写真2)
まず驚いたのがここで使われている枠のサイズはどれも大きなサイズばかり。ポスターなどを印刷することが多いからもあるかもしれませんが、小さなものをするときもこの大きなサイズの枠が使われていました。机のサイズや枠のサイズなどすべてが計算されていて、いかに無駄な動きを省いて効率的に仕事ができるかという風に工房が設計されてあったので、想像以上にシステム化されている工房の設備に驚きました。
大人と同じサイズくらいの枠。感光乳剤を塗るのも洗うのも大仕事です。(写真3、4)
工房の真ん中部分は吹き抜けになっていて、そこから枠を渡したりできるし、上からも下の仕事の様子が見られるようになっていてスペースを最大限に活用されていました。(写真5)
何人か組になって印刷をするので、本当に動きに無駄がありません。(写真6)
何版もの色を重ねて印刷するので、アーティストから届いたデータを版に分けるコンピュータ部隊もいましたが、デジタルで版を分けだしたのはここ数年のことだといいます。それまでは、手作業で1版ずつ作っていたのだそうです。
これは、職人さんが手作業で版を分けているところです。(写真7)
お客さんの中にはデジタル処理ではなく、手作業で版を分けてもらうのを好む人もいるそうです。(写真8)
一色ずつ色を重ねてポスターが出来上がっていく様子は、本当にわくわくしますが、最後に黒が入った瞬間ポスターに命が吹き込まれるようで、スキージーで印刷して枠を持ち上げて刷り上がった作品と対面するたびに感激です。(写真9)
工房で印刷されているのはサイズも素材も本当に様々でした。
技術力の高さから、海外のアーティストからの依頼もあるそうですが、シルクスクリーンらしいべた塗りが多いのをずれなく印刷されためちゃくちゃ大きなサイズのポスターはため息が出ます。(写真10)
こちらはCMYKの原理を使った印刷方法で、原画は絵画です。色を重ねる順番なども職人さんの経験で判断して印刷されます。(写真11)
マエストロが言うには、「どんなものでもできないとは言わない」とのことでした。この辺りは、活版のキンタス師匠も同じことを言っているのでメヒコの職人さんはそういう人が多いのかもしれません。
私が行っていた時に印刷していた中で特にクレイジーだなと思ったのがこちら。ケーキの下とかに敷かれているあの紙のひらひらの紙の上に2色刷りでこの細かいものを印刷していました。(写真12)
角がないものをちゃんと位置合わせして隙間なく刷るのはものすごい技術です……!!
アーティストからの依頼らしく、今までにもいろんなものに刷ってくれとこのアーティストからは頼まれているそうです。
ある日は工房中がものすごい匂いに包まれて何事かと思ったらベロア生地に印刷していました。生地の特性上、匂いのきついインクを使わなければ定着しないとのことでした。(写真13)
いやぁ、いろいろな依頼があるものです。
マエストロアルトゥーロと。ワークショップの間、Tシャツと紙作品を刷らせてもらいました(写真14)。版を分けるのも、手作業とデジタルと両方を体験させてもらいました。手作業での経験もさせてもらうことで、仕組みがより分かってよかったです。
マエストロが話していたのでとても興味深かったのは、「シルクスクリーンの印刷はとても人間的だ」ということです。対デジタルプリントということになってくるのですが、キンタス先生の考えとも近いものを感じました。
アーティストがデザインした作品を、人の手を加えて版を作り、1枚ずつ印刷する。この工程はとても人間的で、刷るという行為は「言語」すなわち「コミュニケーションのツール」のようなものだという考えなのがとても興味深かったです。
ワークショップの中で、メヒコにおけるシルクスクリーンやオフセットの歴史についても教えてもらいましたが、マエストロは「印刷の技術は共有されるべきものだし、自分たちは文化の発信地にならないといけないと思う」と話していたのが印象的でした。かつてメヒコにはものすごいシルクスクリーンの印刷工の人がいたそうなのですが、彼は一切技術を人と共有しなかったらしく、もし彼がその技術やノウハウを多くの人に共有していたとしたら、メヒコのシルクスクリーンの技術はもっと早くに進化していたと少し悔しそうでした。
自分は37年の経験の中で失敗や試行錯誤を繰り返し、その経験を経て工房の持つ技術力がどこにも負けないくらい育った今こそ、自分たちはその文化を共有して広げていきたいのだそうです。そして、シルクスクリーンの世界は奥深く、これからもまだまだ学ぶことや挑戦することがあるのだろうと話す顔は、「ああ、この人は本当に印刷が好きなんだなぁ」というのが伝わってきてとてもいい話を聞かせてもらったと思いました。
ワークショップを通して、印刷の高い技術やワークスペースの使い方をみられたことももちろん大きな収穫でしたが、75°で働くマエストロたちと一緒に働いたり話を聞かせてもらえたことが何よりの成果でした。
人の手を介して印刷するということは、活版印刷もシルクスクリーンも版画もどれも準備にものすごい時間を要します。待つという時間もその工程の一部です。アナログ印刷の世界は知れば知るほど魅力的だと改めて感じます。
【75°の情報】
instagram : https://www.instagram.com/taller75grados/
facebook : https://www.facebook.com/75Grados/