図書館資料保存ワークショップ
[図書館に修復室をツクろう!]㉟
遠藤諦之輔著『古文書修補六十年』物語
今年8月15日号で「古い地図の修理 困っています!」と愚痴ってしまいました。
その後、私のルリュールの師匠にも相談をもちかけました。師匠は「大きな一枚ものの修理は掛け軸や古地図などを扱い慣れている、和の古い資料の専門家の書かれた本が参考になるよ。」と教えてくれました。そういえば、ずっと以前師匠から推薦された参考書のなかの一冊に、この文のタイトルにした本があったことを思い出しました。確かにちょっと高価(昭和62年発行当時3千円)だったけれど買ってある。と家の本棚を探しましたが、出てきません。暑い暑い夏の最中に庭の物置小屋の一角にある書架を探しましたが、駄目でした。元図書館員としては、お恥ずかしい話です。近所の公共図書館にも所蔵していません。
仕方なく、ネットの古書店サイトで購入することにしました。一冊がヒットしました。何やら書簡がついていて、6千円ほどです。やはり「少し高いなあ!」と思いましたが、早く読みたかったので思い切って購入しました。
送られてきた本は横長の茶色揉み和紙表紙のしっかりした本です。
詳しい本のデータは遠藤諦之輔著『古文書修補六十年―和装本の修補と造本―』昭和62年6月汲古書院発行244ページ。というもので、表表紙の見返しに“庄司浅水先生 遠藤諦之輔”と献辞があります。(写真1)
そして一緒に送られて来た本に付いていた「書簡」というのは2通ありました。1通は汲古書院の事務用茶封筒に入った「庄司浅水先生宛、(差出人)編集部小駒公子」もう1通は和本装丁の豆本で、題簽が「浅水先生宛(角書)感謝御禮之文 全」、大きさは84mm×63mm。そして、豆本はタトウに包まれています。そこには、「小駒豆本」と書かれています。(写真2)
ここに登場する人物は、まず著者、それから献辞の相手、庄司浅水、そして、この本の編集担当者と思われる小駒公子さんが居ます。
まずこの本の著者は奥付にある著者紹介によれば、明治39年東京生まれ、昭和3年「遠藤修補処」を開く、昭和15年宮内庁図書部に招かれ、貴重な古文書、古典籍の修補復元に携わり、昭和52年まで務めた。没年は昭和63年とあります。戦前から図書の修理に携わった職人さんです。
庄司浅水(しょうじ せんすい、1903-1991年)は敬称を略してもおかしくないほど著名な愛書家です。大正14年に南葵音楽文庫に勤め、昭和10年、東京印刷工業組合書記も務めています。書物関係、特に洋書についての著書も多数あります。『著作集』14巻も刊行されています。身近には京都外国語大学の講師でもありました。庄司浅水を参照してください。
小駒公子さんについては、ネット検索してもでてきません。しかし、茶封筒の手紙を読んでみると汲古書院の編集部員で、手紙の内容は『古文書修補六十年』の書評を庄司浅水に依頼するものです。そして和装本の豆本は書評を『図書新聞』(昭和62年8月頃に掲載か?)に書いてもらったお礼の手紙でした。
これで、古本の付録として送られて来た2通の書簡と『古文書修補六十年』の関係が判明しました。私、個人的には庄司浅水著作集が出版された当時、庄司氏の愛書家ぶりや本に対する博識ぶりが面白く、夢中で読みました。
地図の補修に悩み、偶然に参考書として購入した古本に、この2通の手紙、しかも、1通は凝った和装豆本であったという偶然に、何かを感じてしまいました。
話しは戻ってしまいますが、豆本の装丁、造本について書かせてください。
小駒さん自身の豆本本文中の文章によりますと“本文用紙は手漉き石州半紙、中綴じのこよりも同じ紙、本綴の糸は絹の太白...本文はめでたく八丁..
表紙はもみ紙、角ぎれは細じけ”というものです。凝りに凝ってつくられています。著名な愛書家庄司浅水氏へお礼のお手紙であることから、小駒さんが心をこめて工夫を凝らしたことが良く分かります。
さて、肝心の修理方法についてですが、残念ながら一枚ものの修理は、まず水で仮張りをして折癖を直す。等、専門の職人さんでなくてはできない、修理の初心者には難しい方法しか書かれていません。しかし、「「私の直した古典籍」随想」と題した一章には私たちワークショップにも、あるあるが載っています。
その1.「天皇陛下のノートを修補」には天皇陛下の植物学ノートが綴じ目と破れにセロテープが貼られていて、鏝(こて)を使ったり、印刀(ハンコを彫る刀)ですこしずつ剥がし、修理したこと。今後セロテープや化学糊を用いたものの修補について研究する必要を痛感した。とあります。
その2.「わが「職人」人生」の章
①「古文書修補のすすめ」には各地の図書館では、どこでも「本の修補」に対する予算が少なすぎる。予算がないとしても、図書館員が自分で直して欲しい。とあります。
②「本が真っ赤に―大失敗の経験」には『誰が袖百種』というアート紙に印刷された洋本、アート紙百枚が水に遭って紙がくっついてしまい、一枚の板の様になっているもの。
水に遭ったものは水で直せばよいと一晩水に付けて置いたところ、くっついたものが剥がれはしたのですが、中の赤いインクが落ちて、本全体、紙全体が真っ赤になってしまった。これは友人の薬局で薬を調合してもらい、何回かの試行の末、奥さんまで動員して赤いインクを落とした。という話。
他にも、図書館員だけではなく、書誌学の先生方にも、学生にも「修補」は「できないはずがない。やらないからできないのだ。自己流でもやらないよりはまし。」と修理の実践を訴えています。今から32年前に出版された本に書かれていることです。が、私どもワークショップへのアドバイスと励ましではないかと思わされてしまいます。
本と人とのご縁というのは、こんなことなのでしょうか!
本が好き、図書館が好き、手仕事が好きなWEB MAGAZINEを読んでくださる方々にこのお話をさせていただきました。
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M.T.