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京都大学図書館資料保存ワークショップ
[図書館に修復室をツクろう!]80
本の修理と図書館の役割

私たちの生活に身近な図書館と言えば、近所にある公共図書館でしょうか?私は大津市民ですので、大津市立図書館です。私のこの図書館の利用方法は、読みたいと思った本をネットで所蔵検索し、所蔵している場合は予約して、「用意できました」との連絡メールをもらったら、出かけて行って借り出します。

人気の新刊書ですと、例えば今村翔吾の直木賞受賞作『塞王の楯』は大津市立図書館では22冊所蔵していますが、貸出し予約待ちが267件にのぼっています。

この図書館では1人15冊3週間借りることができますので、今から私が予約を入れても「用意できました」の連絡メールをもらえるのはいつのことになるのでしょうか?

私は滋賀県の住民であり、地元の穴太衆石積が物語の大切な要素になっていることですし購入しました。

著者の今村翔吾さんは書店経営もなさっていることで知られています。その今村さんが
「図書館への切なるお願い」と題して『文藝春秋』今年の4月号に記事を載せていると聞き及びました。早速大津市立図書館で貸出し予約をしました。貸出し中でしたが、今回は運よく3日後に「確保」の連絡メールをもらい、借り出して読むことができました。

今は7月、雑誌は8月号が最新号です。このように雑誌のバックナンバーの紙版を本屋さんで買うことは、ちょっと難しいです。図書館で雑誌のバックナンバーを借りて読めるのも図書館利用のメリットのひとつだと思います。

今村さんの「切なるお願い」とは?『文藝春秋』4月号から紹介します。
“今年一月、作家で書店経営者でもある今村翔吾さんが連続で発信したツイートが大きな反響を呼んだ。図書館で、新刊やベストセラーを大量に貸し出すことについての問題意識を綴ったものだった。” “話題作が何冊も所蔵(複本)され、無料で大量に貸し出されている現状が、書店での本の購買動機を奪っているのではないか―。”

今から20数年前2000年当時、同じように、著作権審議会で日本文藝家協会の作家三田誠広氏が「図書館における貸出しについて補償金の支払いを求める要望」を出す。という出来事がありました。
その趣旨は、図書館で無料貸し出しをしているので、本が売れない。図書館で貸し出される度に一冊あたり、いくらかの補償金を著作権保有者に払ってほしい。というものでした。

無料で本が借りられる公共図書館こそが、「市民のための図書館」である。としか思っていなかった「図書館の中の人」だった私には、ショックでした。作家にとって本の売り上げは生存権に関わることなのに。

現に海外では、1918年のデンマークを始めとして、北欧諸国を中心に図書館の貸出しサービスにたいして公共貸与権(こうきょうたいよけん)を導入し、本が借り出される度にいくらかの金額が著作者に支払われる制度があるそうです。

2000年の著作家からの主張はその後、立場が異なる作家側と図書館側の議論の基盤とするために2003年7月、日本書籍出版協会と日本図書館協会が共同で「公共図書館における貸出しの実態調査」を実施、2003年10月に調査結果を公表しました。
その結果は“図書館の貸出しが「複本大量所蔵・大量貸出し」という状態にはなかった。”というもので、今日にいたっています。

日本が、ますます格差社会化している今でも、出版不況や、書店数の激減状況が続いています。今村さんの「切なるお願い」項目とは?

☆国が、図書館向け書籍価格設定などの制度を設けて(つまり、図書館向けには定価に上乗せした金額で販売する)保障してほしい。

が、これは望めないだろ。(しかし、日本でも図書館で貸出しするビデオやDVDは図書館向けの価格設定がされ、一般よりかなり高額です。M.T.)。
ならば

☆図書館、書店,出版者、取次会社、作家、同じ業界の関係者全員が同じテーブルについて議論してほしい。

☆「図書館大賞」はどう?
話題になれば、書店で購入する人が増えるかもしれない。

などというものです。

2000年に持ち上がった作家側と図書館側の問題意識のすれ違いは、図書館側のわが身を振り返ってみても、以前そのままのように思います。
国から、図書館の貸出し数にたいして、公貸権料が支払われ、作家、図書館双方に補償金となる。というようなことは、到底望めません。
ふたたび今村さんは“「本なんて終わった」という人もいるかもしれない。… でもその危機感を持ちながらも、なお「なめんなよ」と物語を生み出し続けるところに作家の衿持があると思っています。”と結んでいます。

作家さんの心意気。分かります。

図書館側でも「貸出しを伸ばそう」のスローガンのもと、現在のような「図書館は無料で本が借りられるところ」として、一生懸命貸出し数を伸ばして住民に喜ばれる図書館になろうとして来ました。が、半世紀を経て図書館の中からも図書館とは何か?を振り返ってみる、考え直してみる状況も生まれて来ました。

その一つが「資料保存、本の修理」です。

図書館資料保存ワークショップを始めた2003年ころの私たちの意図は、単純に「壊れたり、汚れたりした本を気持ちよく読んでもらえるように自分たち図書館員の手で、直したり、クリーニングしたい」というものでした。そこには、簡単に修理製本を発注する予算など到底望めなかった。などの事情もありました。

その当時すでに図書館の所蔵本修理は「本の現状を変えずに、元の形に戻せるように。それには和紙、正麩糊など自然素材を使って行うこと」などの修理の原則が普及して来ていました。

そして、2011年東日本大震災が起こりました。被災地の図書館も深刻な被害を受け、図書館関係者も図書館被災資料の復旧・修復に支援活動をなさって来られました。

私の勝手な想像ですが、この支援活動の経験からも図書館関係者の間に図書館の役割の一つ「本を残す」ことが、はっきり意識されたのではないでしょうか。

WEB MAGAZINE5月号修理すべきか?修理せざるべきか?でも紹介させていただいた眞野節雄著『図書館資料の保存と修理―その基本的な考え方と手法』でも“長らく、日本の図書館では利用と保存は対立するものだとかんがえられてきました。”と最初に述べられています。が、そして図書館では「貸出し」にばかり目が向けられて来ました。「保存中心主義」は(貸出しを伸ばす)図書館の発展を阻害してきた元凶だとされた。とも記されています。

そして、眞野氏は“資料保存とは、「利用か保存か」ではなく、…「利用のための資料保存」です。”とハッキリと主張されます。修理を施して、本にとって良いことは一つもない。ならば、今借り出されようとしている本が何らかのダメージを受けているとき、「利用のための資料保存」の立場で、どのような修理をするのか?いや、敢えて修理しないのか?そのまま貸し出すことなんてできるでしょうか?

「利用のための資料保存」とは?将来の「利用」も考えなければいけないでしょう。

昨年図書館総合展に参加した「修理系司書の集い」では、今年は、修理が必要?と思われる本一冊一冊にどのような修理をするのか?/いやしないのか?を聞いてみるクイズ/アンケートで出展を決めました。今年は新メンバー1名も加わって、企画中です。
図書館現場の生の声を聴くことができるか楽しみです。

図書館の姿の歴史的変遷について関連する、ある一冊の本を共同編集しています。
題して『貸本屋と新聞縦覧所と図書館と―近世近代読書装置への史眼・廣庭基介セレクション』、出版予定の金沢の出版社さんがタイトルをつけてくださいました。
図書館史では、明治時代に開設された<新聞縦覧所>は公共図書館の前身ともされます。
また、<貸本屋>は「本を借りて読む」という行為を見れば、現在の公共図書館で「本を借りて読む」と同様な行動なので、これも図書館と類似の<読書装置>なのか?など、廣庭氏は京都大学図書館を舞台として論じられています。

<読書装置>という見方から図書館を見る。面白いと思います。

次回以降のWEB MAGAZINEで紹介させていただこうと思っています。

図書館資料保存ワークショップ
M.T.

*図書館総合展2022へのポスターセッション出展は以下のWEB MAGAZINEをご覧ください。
https://letterpresslabo.com/2022/10/15/kulpcws-column71/

(写真1) | 本の修理と図書館の役割 - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真1)『塞王の楯』

(写真2) | 本の修理と図書館の役割 - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真2)『文藝春秋』2023年4月号より

図書館総合展ロゴ

(写真3)図書館総合展ロゴ

(写真1) | 本の修理と図書館の役割 - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真1)『塞王の楯』

(写真2) | 本の修理と図書館の役割 - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真2)『文藝春秋』2023年4月号より

図書館総合展ロゴ

(写真3)図書館総合展ロゴ