図書館資料保存ワークショップ
[図書館に修復室をツクろう!]85
歴史資料ネットワーク「被災資料の取り扱いを学ぶー災害時の初動から保全までー」全4回ワークショップに参加してきました!
いつもなら図書館員による実験的本の修理の連続記録をお送りするところですが、2023年最後のこのWEB MAGAZINEでは、最近参加したワークショップの報告をさせて頂きたいと思います。
異常気象による災害が非常に多くなったと感じるここ数年の日本。みなさんは、日ごろから何か備えてらっしゃいますか?被災してしまったら、まず人やその生活を守り復旧に向けて活動をするのは当然ですが、図書館の本、博物館、美術館、資料館の収蔵品、地域に伝わる重要な歴史資料も水損や焼損などの被害を受けることがあります。
そういった資料のレスキューの方法の一部を学ぶため、
歴史資料ネットワークさん主催による2023年度史料ネットワークショップ「被災資料の取り扱いを学ぶー災害時の初動から保全までー」2023年9月10日(日)、9月18日(月)、11月26日(日)、12月2日(土)の全4日間、神戸大学で開催された連続ワークショップに参加してきました。
歴史資料ネットワークさん(以下略称:史料ネット)は、1995年の阪神・淡路大震災を契機に、関西の歴史学会関係者、大学院生、博物館、文書館、図書館関係者、郷土史研究者などにより設立され、2000年の鳥取県西部地震、2003年宮城県北部連続地震、2004年新潟・福井水害、同年台風23号被害、2009年台風9号兵庫県佐用町・宍粟町被害、2011年東日本大震災、2016年熊本地震、2018年西日本豪雨等、地震対応からはじまり、水害対応まで、他にもここに挙げきれていない各地で発生した災害の被災資料のレスキューに関わられている団体です。
2000年の鳥取県西部地震での活動を初めに、同様な活動を行う各地のネットワークの立ちあげや支援も行ってこられ、現在、岩手・宮城・福島・山形・茨城・千葉・神奈川・新潟・福井・和歌山・岡山・山陰(島根・鳥取)・愛媛・宮崎など全国各地に広がり30以上の組織ネットワークになっています。
災害後の保全活動だけでなく、災害前の「予防」知識の普及活動にも力を入れてらっしゃいます。
― 4日間のワークショップの内容 ―
1日目:水損資料の吸水乾燥(吸水紙による吸水乾燥。スクウェルチ・パッキング法)
2日目:汚損資料の洗浄、リーフキャスティングマシンによるすきばめ体験
3日目:焼損資料の応急処置(和紙による周囲補強)
4日目:帳面などの和綴じ
いずれの会も、前半に史料ネット副代表の松下正和先生(神戸大学地域連携推進本部・特命准教授)から史料ネットのこれまでの歩み、各地での活動紹介、地域歴史資料とはどういうものか、被災資料の処置で大事にすべきこと等の講義があり、後半には、実際の被災資料や、被災資料に見立てた資料を使って、実際の処置の体験させて頂く流れです。
・水損資料を知る
実際の被災資料には、カビや様々な菌に侵されていることがあります。
また被災地で行う場合は自分の身を守ることも大事です。
防塵マスク、タイベックスーツ、ゴーグル、ヘルメット、長ぐつ、ラテックス手袋なども場に応じて着用が必要となります。
まず、紙に書いた文字が水濡れやアルコールに触れるとどうなるのか、の実験を行いました。
油性ペン、水性ペン、鉛筆、油性ボールペンで書いたコピー用紙に、水をかけて行くと、意外なことに油性ボールペンで書いた文字がみるみる滲み出しました。
その後、レシート(感熱紙)を浮かして、上からアルコールを吹きかけると、文字はみるみる消えてゆきました。(写真1)
紙の質によるのか、印字の際の熱のかかり方によるのか、お店によって消え方が異なりますが、コンビニのレシートの印字は比較的残りが良く、強い印象でした。
印刷物の危うさを感じます。
濡れる前と濡れた後の資料の重さも体感し、大量の被災資料を想像すると、レスキュー作業が重労働であることが想像されます。
旧家などの蔵や倉庫で被災した資料を想定、その為ワークショップで扱ったものは和古書の形態が主となっています。
下記で学んだ処置の方法を順番に振り返ります。
■水損資料の吸水乾燥
史料の状態:カビ無、薄
現場の状態:電気無し、水洗い不可でもできる。
・押し法
比較的薄い資料は、綴じは解体せず新聞紙を敷いた上に※吸水紙、史料、吸水紙の順に重ね、上から体重をかけて吸水を繰り返す。
・はさみ込み法
ページの間に吸水紙を挟む。
綴じが壊れるケースもあることから、最近は史料全体を吸水紙で挟む推し法が多く使われる。
※吸水紙・・・エンボスのあるキッチンペーパーが吸水率が高い。エンボス跡は残るが、カビが生えるよりはよいと考える。
史料の状態:カビ無、厚
現場の状態: 電気が使える
・※スクウェルチ・パッキング法(真空パック法)
史料全体を吸水紙で包み、その上から畳み包める範囲の枚数を重ねた新聞でしっかり包み、布団圧縮袋など真空状態にできる袋に入れる。新聞紙が吸水したら、新聞紙を取り替え、同じ作業を繰り返す。電動吸引ポンプが使えると作業の負担が大幅に削減できる。掃除機でも可能。
※スクウェルチ・パッキング法・・・イギリスの保存修復材料機器の会社コンサベーション・バイ・デザイン(Conservation By. Design)の創始者であるスチュアート・ウェルチ(Stuart Welch)氏によって考案された方法の一つ。
史料の状態:カビあり
冷凍保存
できれば1資料毎にビニール袋に入れる。資料が固着している場合は、無理に開けなくてよい。
大量の場合、冷凍施設にスペース確保の協力を仰ぐ。
国家レベルの震災の場合は、国からの要請で協力冷凍施設が用意されることもあるが、小さい災害では難しい。平時に冷凍庫や、協力してくれる冷凍施設を確保することが必要。
■汚損資料の洗浄、リーフキャスティングマシンによるすきばめ体験
・洗浄の前に
乾燥した資料は、刷毛や筆を使い、細かな汚れをドライクリーニングする。
解体を要する際は、史料の状態を1ページずつ写真撮影して記録すること。
解体をする前に元通りに綴じ直せるかどうかをよく見極める必要がある。
固着している場合は、ヘラなどを使い慎重に剥がしてゆく。
・洗浄
バットに※レーヨン紙、資料、網戸用の網を置き、上から霧吹きで水をかけ、資料が水に浸かったら、刷毛でやさしく一定の方向になでるようにして汚れを落とす。片面が出来たら網を外し、さっき汚れを落とした面にレーヨン紙を乗せる。資料の表裏をひっくり返し、反対面のレーヨン紙を外し、網を乗せて同様の作業をする。
この時の水は、松下先生は※灰汁で作ったアルカリ溶液を混ぜたものを使用するようにされているそう。
洗浄とともに資料の酸化を防ぐ効果が期待できる。
・乾燥
段ボール、※濾紙、レーヨン紙、資料、レーヨン紙、濾紙、段ボールの順にタワー状に重ねてゆく。
その上から、板と重しを乗せてプレスする。
重ねてゆく際に、段ボールの断面の穴(フロート)の方向を揃える。穴(フロート)の通っている方向から扇風機の風をあてると、送風乾燥の時間短縮ができる。
※レーヨン紙・・・現場では、スーパーやホームセンターでも販売されている不織布製の台所用水切りごみ袋(三角コーナー用)が便利。袋状のつなぎ目を開いて平面に開くとちょうどよいサイズになる。
※濾紙・・・画用紙でもよい。
・すきばめ
和紙の製作方法の一つ、流し漉きの技法を利用した修復方法。虫損などで細かで多数の穴の開いた資料の修復に適している。
和紙の原料になる楮のチップを水とミキサーで拡販したものを資料に流し、漉く。
リーフキャスティングマシン(すきばめ機)による作業。
細かい繊維が穴をふさぎ、回りの本紙と段差を作ることなくしっかり絡みついてくれる。
正確には、穴の部分だけでなく資料全体に薄い裏打ちがされたような状態に仕上がる。
リーフキャスティングマシンでのすきばめの後は、先述の「乾燥」と同じ工程を行う。
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■焼損資料の応急処置(和紙による周囲補強)
焼損と言っても、消火活動によって焼損後、水損となることが多い。
スクウェルチ・パッキング法で乾燥後、修復作業を行う。
ワークショップでは洋紙で体験。
刷毛や化粧用筆などでやさしく、炭や汚れをドライクリーニングする。
炭化している資料に付着した炭の粉は、本紙に文字の書かれた部分は避けて、プラスチック消しゴム、メラミンスポンジ、ねり消しゴム(デッサン用)で炭を取り除く。
ワークショップでは、ねり消しゴム(デッサン用)を押し当てて炭を取るのが、最も紙を傷めず、かつきれいに炭を除去できると感じた。
クリーニング後、典具帖紙(最も薄い和紙)を焼損した周囲を包むように貼り付けて補修する。典具帖紙は非常に薄いので、下の文字がしっかり見える。
本紙への和紙の貼り付けは、防虫の観点から澱粉糊は使用せず、メチルセルロースを水で希釈したものを筆で塗って貼り付ける。和紙の余りは端を折り返して貼り付ける。
■帳面などの和綴じ
クリーニング、洗浄、乾燥、補修の済んだ資料を綴じ直す方法の一つとして、こよりによる仮綴じ、四つ目綴じ、五つ目綴じの体験。
仮綴じのある資料かどうか確認する。本綴じとなる綴じ穴の間隔の間に穴が開いていれば、こよりによる仮綴じがあったものと思われる。
こよりは半紙を帯状に切ったものをねじりながら作る。引っ張りながらねじることで硬くなる。(難しい!)
和綴じの糸は、和裁用の絹の穴糸を使った。糸の長さは、資料の縦3周分取ると充分足りる。
裏表紙を上に向け、四つ目綴じなら、上から2番目の穴、五つ目綴じなら、真ん中の穴の位置で、裏表紙から本文紙2~3枚ほど下の背から針を挿し入れ、綴じ穴の横から針を通す。
綴じ穴から通すと糸が抜けやすいため。たま結びをした部分に澱粉糊を付けて、一度糸を引いたら上からたま結びの箇所がしっかり本紙にとどまるように指で裏表紙をぐっと抑える。左に向かって縦→横と順に針を通して、始めの穴に戻って来る。通したら3方向に渡っている糸の下を針をくぐらせて、輪っかを作って針を通して根元で糸をしっかり結び、また出て来た穴に針を通し、表紙側に引出し、表紙のぎりぎりの位置で糸を切る。
詳しい綴じ方は、国会図書館のHPを参照。
https://www.ndl.go.jp/jp/preservation/pdf/training_text_3_yotsume-toji2019.pdf
・どこにでもあるけれども、そこにしかないもの「地域歴史遺産」「存在証明」
元々は古代史ご専門の松下先生がはじめに関わられたレスキューは、ご自身も被災者だった1995年の阪神・大震災。発生から一か月後、当時日本史研究者、文化財担当職員、地域史研究団体のメンバーの方々と被災地に入られました。古文書保全と聞いて向かわれた現場では、現代資料、ミニコミ誌などのレスキューにあたることになったものの、作業を続けるうちに、現代の資料であっても、100年200年後は立派な歴史資料「将来の古文書」になると考える様になられたそうです。
文化財の指定を受けているものだけが、重要な歴史資料ではありません。
古文書や、近代古書、個人の記録ノート、写真、絵画、古い襖や屏風、自治会などの記録資料、農機具、生活道具・・・それらは昔の人たちの地域の暮らしや歴史を知る手掛かりとなります。
例えば、阪神・淡路大震災記念「人と防災記念センター」には、地震発生時刻の5時46分で止まったままの時計の展示があります。その時計自体は量販されているものですが、その時、その地震を体験した、その時刻で止まった時計は、他にそうは無いでしょう。
「どこにでもあるけれども、そこにしかないもの」。
ものにエピソードがあるから史料になる。地域の人が大事だと思っているものは、大事にしてきた歴史があるから、大事になる。そのような資料を「地域歴史遺産」と松下先生は表現されていました。
しかし、このような未指定の文化財はどうやったら守れるでしょうか?
災害時の大前提は、人命・生活最優先です。知らなければ、解体は進み、ゴミに出されてしまいます。しかし、早く行けば叱られる。行政は、連絡がないのだからそのような資料はないのだろう、と言われるが、レスキューに向かい、資料の存在を伺うと、現場の人からは「もっと早く来てくれたらよかったのに、」と言われることが多いそうです。
災害時に被災者側から歴史資料のレスキューを依頼する余裕はないのです。時期を見計らうのはむずかしいが、こちら側から積極的に伺い、赴くこと。
そして、平時から、地域資料の重要性や、資料保全の機関やその窓口の存在を、多くの人が知っておく必要があると強く思いました。
私たち資料保存ワークショップでも、2021年の熱海市伊豆山土石流災害の後、下流の港で流れてくる写真やアルバムを拾い集めている漁師の方のニュース記事の話が話題に上がりました。
一般の人はこういう時、そのような写真をどう扱えばよいか、どこに預けるのがよいか、わからないのではないだろうか、と。私たち自身も当時はよい答えが浮かばず、図書館に相談に行ったとして、図書館がちゃんと案内できるといいんだけど、実際はどうなのだろう、と話をするに程度だったわけですが、そのような会話の中から、被災写真洗浄のボランティアグループの存在があることも知るきっかけになりました。
今なら、史料ネットさんや、地域の歴史資料を扱う博物館、資料館などに相談するのがよいだろう、と答えられそうです。小さなことかもしれませんが、日ごろからこのように話題にすることで頭の隅に残るものです。
「地域歴史遺産」が捨てられてしまう危機は、断捨離ブームにもあります。あなたの捨てよう思っているものは、地域の歴史、家族の歴史を物語っていませんか?
そういう私自身も、家の大掃除、引っ越しで安易に処分したことを時折思い出しては後悔しているものがいくつか、いや、いくつも?あります。
すぐに処分すると判断してしまうのは、整理や保存の方法や手段、機関があることを知らない、ということも大きいかもしれません。
・「ボランティア」に思う
史料のレスキューは、多くのボランティアの方々の力で成り立っている現状があります。被災資料を扱うのは、肉体的にも精神的にも大きな負担があるものだと思います。被災資料のレスキューでは、規模によって異なるでしょうが、1つの災害で大まかに150万円ほどの費用が必要となるそうです。
図書館の本の修理に関してもボランティアの活躍があります。公共図書館の本の修理には、よくボランティア募集がされています。
現状そのような形で協力して下さる人たちがいて成り立っているわけですが、そのお一人お一人にも生活があり、また積み上げて来られた経験と知識もあるでしょう。大切な日本の歴史や文化を守る活動。一過性ではなく、長くずっと継承されなければならない活動です。
なるべく負担を少なく。こういったことに多くの人や企業や機関がもっと協力しやすい社会を切に望みます。災害の大小に関わらず、もっと国が予算を当ててくれるようになれば、と願うばかりです。
とはいいながらも、目下人材は必要です。専門家でなくてもできることがあります。
協力を希望される方は、史料ネットさんのHPに問い合わせ窓口があります。
災害のない時期であっても、過去の災害で預かられた史料を継続的に処置されています。
お金をかけられない未指定文化財を救うために、いつでも、どこでも、誰にでもできる、安くて、早くて、簡単な方法をワークショップ等からぜひお知りになってください。
※被災地に入るには、行政機関を通じた事前の手続きや調整が必要です。個人での活動はお控えください。
歴史資料ネット―ワーク
http://siryo-net.jp/
今回ご指導頂いた松下先生は、YouTube上でも資料のレスキュー方法をたくさんご紹介されています。
こよりの作り方から、和綴じの方法、くずし字の見方、灰汁の作り方など紙資料の扱いにとどまらず、木箱の真田紐のかけ方や仕覆の紐の結び方についても掲載されています。
松下正和先生Youtubeチャンネル
https://www.youtube.com/@user-bm5ww7jl1k/videos
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※灰汁で作ったアルカリ溶液
灰汁の利用については、当ワークショップのM.T.さんによる以前の記事『[図書館に修復室をツクろう!]56「灰」の効用』
もぜひご覧ください。
さて、ここからは、お知らせです。
日本最大の図書館関連コンベンション「図書館総合展2023」オンラインポスターセッションに、今年も「修理系司書の集い」メンバーとして出展しました。
「修理する?しない?-資料保存の現場見える化アンケ―ト第2弾-」
破損本汚損本の具体例を挙げて、その修理方法を問うクイズ形式のアンケート調査を行いました。
今年も多くの方に内容の濃いご回答をいただき、誠にありがとうございました!
図書館総合展は閉会しましたが、オンライン会場はいつでもアクセス可能です。
みなさんの回答結果も掲載しています。ぜひ、何度でもご覧ください。
そして、「自分と同じ!」「ちょっと違うな、」「そんなことするの!?」など感じて頂きたいです。
2024年1月中を目途に出展メンバー「修理系司書の集い」の想定した回答(※あくまで”想定”です。正解をお知らせするものではありません。)も掲載予定です。
どうぞ、末永くご覧いただければ幸いです。
資料保存WS
小梅