京都大学図書館資料保存ワークショップ
[図書館に修復室をツクろう!]88
図書館の引き算サービス
図書館お仕事漫画『税金で買った本』(原作:ずいの漫画:系山冏講談社)は、今年2024年2月、10巻目が刊行されました。2021年12月に第1巻が出され、3年にして10巻目出版、累計販売100万部を突破したそうです。
公共図書館で働く図書館員さんたちの<図書館あるある>がリアルに描かれていて図書館の種類を問わず図書館勤務のひとたちの共感を呼んでいます。
元大学図書館員で、退職してから21年目になる私は大津市立図書館を割と良く利用しているのですが、利用者として公共図書館のお仕事について初めて知ることも多々あり、新刊を楽しみに待っています。
第10巻の内容紹介をカバーの裏表紙から引用します。“小学生ぶりに訪れた図書館でアルバイトすることになったヤンキー石平くん。でっかい本にブックカバーフィルムを貼ったり変わった本ばかりリクエストする利用者の対応に悩んだり図書館員として日々奮闘中!”というもの。
第10巻のメインテーマの内、図書館に修復室をツクりたい私自身にとってアピールするものは2つ。一つ目は“71冊目ゼンリン住宅地図”、二つ目は3章まとめて“74冊目大量廃棄時代を考えるリデュース”、“75冊目大量廃棄時代を考えるリユース”、“大量廃棄時代を考えるリサイクル”の各章です。
一つ目、WEB MAGAZINE「図書館に修復室をツクろう!」82 <本のカバーのカバー>にも載せていただいたブッカーがけについて。
ご承知のように『ゼンリン住宅地図』は巨大です。本の一番長い辺は39㎝、普通の単行本の4倍の大きさと重さ。それをくるむブックコートフィルムもA3版46㎝巾。しかも1冊約2万円の高いッッ!本。これをくるむ作業担当図書館員は今村まひろさん。非正規の若手女性職員です。漫画の設定では年度末余った図書費を年度内に消化しなければならない。さらに年度末ならではの新規図書カード登録作成準備などの季節的業務切迫化の状況下にあります。
あれ!図書館購入の新刊本はフィルムコート済で納入されるのでは?いえいえ。『ゼンリン住宅地図』はこの場合、年度末余り予算で購入した本であり、通常の購入ルートとは異なり、図書館近隣の書店からの購入です。故に年度末の繁忙期に書店から納入される本には図書館員自身でフィルム掛けをしなければなりません。通常の購入新刊本は取次会社(出版社から本を仕入れ、書店に卸す問屋の役割を果たす)から納品され、本は既にフィルムコート済ですが。
以上のようなプレッシャーにより、今村まひろさんは“ゼンリンのブッカー掛けが大の苦手であった”のです。が、上のような年度末の職場の状況により、他の職員に助けてもらうこともできず、ついに『ゼンリン住宅地図』最新版を見たいとの利用者出現により、『ゼンリン住宅地図』ブッカー掛けに追い込まれます。
フィルムのしわ伸ばし用のドライヤー片手にフィルムコート作業に取り組むまひろさん、4冊のうちシワが取れなかったのは1冊とがんばりました。
年度末の忙しい時に、これほどまでに図書館員のプレッシャーとなる『ゼンリン住宅地図』のブッカー掛け、貸出しをするのでもなく、図書館内だけの閲覧で、それもそんなに頻繁に読まれる(見られる)わけでもない大型の本にフィルムコートが必要でしょうか?
利用者は<本は大切に扱う><特に公共図書館の本は皆で読むもの、使うものだから>と心がけ、図書館は、何でもかんでも保護フィルムをかけることを考え直してみてはどうかな?と感じた次第です。
二つ目の“大量廃棄時代を考える…”は図書館本の廃棄問題です。
図書館は利用者からのリクエストや図書館選書会議で毎週のように本を買って、図書館の蔵書はドンドン増えて行きます。すると、書架は一杯になり、あまり貸出しが無い本、古い本などは棚から抜いて地下の書庫などに移します。さらにその図書館の所蔵である所蔵登録を抹消して<除籍>します。
どの本を<除籍>とするかの起案は正規の職員でないとできません。しかし、新刊本で一杯になった書架から、まず古くなった本、あまり借り出されない本を抜き、地下の書庫へ移す作業<除架>は、非正規の女性図書館員松浦さん担当。貸し出されて返却された本を閲覧室の本棚の元の場所に返すのはバイト君のお仕事。
この<除架><除籍>が進まないと、新刊本は満杯となり、バイト君の書架へ本を戻す作業は困難を極めます。
ところが、最終判断への手続き第一歩である<除籍>図書リスト作成という地味な仕事にうら若き女性正規職員はなかなか取り掛かってくれません。
そこで、ヤンキー石平君と、この図書館での勤務が長い松浦さんは一計を案じます。
さあ、若き正規職員さんがやる気を起こす方法とは??
ネタバラシしたくないので、知りたい方はコミック『税金で買った本』第10巻をご覧ください。
ここで私が言いたいのは、図書館を利用する住民の方たちへの良いサービスを提供するためには、今当然のことのように行っている仕事を時に見直し、止める勇気が必要なのではないか?ということです。
公共図書館で本の貸出しサービスに力を入れ始め、新刊本を多数購入する1970年代になると本を購入する元は取次会社からで、近隣の書店ではありませんでした。一方本は再販制度が認められていて全国どこででも定価販売することになっています。逆に言えば大量に買うからと言って値引きすることはできません。値引きの代わりに納品する本にはブッカーなどの保護フィルムを掛けて納めるのだという事情もあるようです。これは、出版不況といわれる昨今、出版関係社への負担となっているとも聞いています。
二つ目のテーマ<廃棄>は、私たちワークショップのメンバーが目指す「利用のための修理」に大いに関係することに気が付きました。
将来にも読めるようにまた、貸出しできるように治すのが「利用のための修理」です。しかし、将来に残すべき本はどれか?修理するにあたって判断しなければならないことになります。近来、何でも修理するのではなく、「修理しない」方を選択する場合もあることを学びました。古い本や一度も借り出されなかった本などの廃棄に際しても同じ判断、選択が求められます。
『税金で買った本』の<除架>担当、非正規の女性図書館員松浦さんは<除籍>リストに載った本の近隣図書館での所蔵調査をして、どこにも所蔵していない「ウチの図書館にしかない」本を選び救済しようとします。これこそ「将来の利用を保証する」図書館の役割を果す大事な作業ですよね。
現在ある本を無くす、今行っている作業を見直す、時にやらない、引き算することは難しいなあぁ~
随分と飛躍しますが、先日亡くなった脚本家山田太一さんの言葉“マイナスを抱える人の敏感さってありますよね。のろのろ歩く人にイライラしてサッサと歩いていく人より、あの人、腰痛いんだな、と感じて脇をそっと通りすぎていく。そういう敏感さはすてきです。マイナスが人の心を育てる量は、プラスが育てるより、ずっと大きいとおもうんです。”(『しんぶん赤旗日曜版』2024年2月25日28頁)
これを読んで、引き算仕事をする時のマイナス感、後ろめたさが救われ、事に際して、根本からしっかり判断しようとする覚悟が問われる気がしました。
図書館資料保存ワークショップ
M.T.