京都大学図書館資料保存ワークショップ
[図書館に修復室をツクろう!]㊾
ある漢籍の修理
資料保存ワークショップで以前、修理すべき本を調達できない時期がありました。
修理する本がない。これは、私たちの活動の主旨からすると結構大変なことです。
当時、私の上司だったA氏は個人的に研究も続けてられる方だったので、何か修理させて頂ける資料はないか、と相談したところ、写真のこちらを貸してくださいました。(写真1)
予想外の本格修理を要する漢籍にワークショップメンバー一同絶句。
原本は、江戸時代後期に書かれた著名な歴史書。
日本の作品ですが、それを中国で発行したもので光諸15年刊とあります。
西暦だと1889年。日本では明治22年。
図書館では、貴重書レベルに値する本です。
木の板2枚とそれをつないだ平打ちの紐で包まれています。
どうもこれを「板装帙」と呼ぶようですね。
全12巻。
修理用に貸して下さっただけあって、破損の状態は、後半の巻の虫損がかなり激しい。(写真2)
真ん中あたりを除いて、前の方と後の方の巻に綴じ糸の切れたものが多い。
紙質は、和紙ではなく、竹紙と思われ、非常に薄く、持っただけでも虫損部分からさらに亀裂が入りそうな感触。
中国の古い書物は、竹の繊維で漉かれた竹紙が使われていることが多いです。
竹紙は和紙にくらべ硬く、パリッとした張りがあるのですが、破れやすいのです。
修理には、経年劣化しにくい和紙を使用します。
そして、綴じ糸は2本取りで綴じられています。和本はたいてい1本取り。
修理の作業内容は、大まかに
・虫損を和紙で補修、糊は生麩糊を使用。
・綴じ糸の切れた巻を綴じ直す。
となりました。
漢籍や和本は、洋装本に比べ、とてもシンプルな製本です。
基本的には、本文紙、表紙・裏裏表紙で挟み、こよりで本文を綴じ、表紙・裏表紙を重ね、糸で綴じる。
ですので、修理の作業もシンプルになります。
しかし、作業を始めていくと、色々と予想通りには行きません。
始めは、綴じられた状態のまま、虫損を和紙で補修していたのですが、虫損が非常に多い・・・
そして、本文印刷面から修理を始めていたのですが、糊の水分で文字のインクが抜ける!ということが起こりました。
補修の和紙に糊をつけ、補修部分に貼りつける。
パラフィン紙を重ね、ヘラでこすり定着させ、パラフィン紙を外すと、なんと、パラフィン紙側に本文文字が写っているではないですかっ!!!
若干血の気が引きました。
ちびまる子ちゃんで言うなら、顔にサーッと青筋の入った、白目の、あの表情です。
だからと言って、以前の記事のように喰い裂きを利用した補修をしていては、いつ完成できるやら、という量。
(喰い裂きを利用した補修方法は、こちらもご参照を。京都大学図書館資料保存ワークショップ[図書館に修復室をツクろう!]⑬ 和紙だからできる!「喰い裂き」を活かした補修)
文字は全て抜けてはおらず、よく見ると若干他の部分より色が薄いかな?という程度ではありましたが、糊の水分量や、ヘラの圧力によっては、どの箇所もその程度で留まるかは分からないわけです。
和本の修理でこういう経験を今までしたことがなかったので、印刷の墨?の材質の違いによるものなのだろうか。
ネット情報では、煤煙(ばいえん)と牛革の膠、酒と水を混ぜて作ったもの。という説明も見つけたが、使用年代などは不明。
このあたり、きちんと調べてみるのもおもしろそうである。
そんなことで予定を変更し、あいにく綴じ糸が切れているものは、こよりを引き抜き、本文をばらして、本文紙を開いて裏側から和紙で補修することに。(写真3)
この「こより」がとても固く、しっかりとしたもので、230年ほど前に製本された方の技術に感服したものです。
引き抜くのが残念でなりませんでした。
この時の「こより」のことは、京都大学図書館資料保存ワークショップ[図書館に修復室をツクろう!]⑮ 「直す」と「解体する」でも触れています。
後の方の巻で、表紙の虫損が激しかったものは、虫損を一つずつ補修することはせず、裏打ちをしました。(写真4)
綴じ直しの作業では、こより用の穴、綴じ糸用の穴ともに補修の和紙で埋まってしまった部分もある本文紙があるので、再度全ての丁を重ね千枚通しで、こより用の穴、綴じ糸の穴を開ける。
慣れた四つ目綴じだったので、綴じる作業はあっという間でした。(写真5〜7)
過去に修理歴があり、そこに使用されていた紙、挟みもの、元の綴じ糸など、捨てずに巻ごと紙に包んで保管しました。(写真8、9)
これにて修理を終え、さてと、全12巻を重ねると、補修した和紙の厚みが加わり板装帙がわずかにふわっと膨れています。(写真10、11)
こういうことからも補修の和紙は出来る限り薄いものを使うのがいいですね。
恥ずかしながら、反省点多数!
① 手持ちの材料での修理だったので、和紙の厚さ、糸の太さが元の状態にうまく合わせられなかったこと。
② 糊の水分によるシミが出来てしまったこと。
これは、後で修理の勉強をされていた方から、まず本文全体を軽く霧吹きで濡らすとよい、と教えて頂きました。
まんべんなく細かな霧が出る霧吹きが必要そうですね。
③ 乾燥の際、補修の和紙と本文紙の接着部分に引き連れの皺が寄ってしまったこと。
これは、空調関係、特に冬場の作業だと暖房器具の位置、その風向きやそれらによる乾燥速度なんかも気を付けねばなりません。
④ 当初ワークショップ内の複数メンバーで巻ごと修理をしていたので、巻によって修理の仕方に違い出てしまったこと。
色々と不完全で反省点は多数あるのですが、それだけに私の本の修理経験で、おそらくこれから先もずっと思い出深い1冊であるはずです。
実はこの本。お借りしたのはもう2年ほども前だろうか。
その後破損本が多数ワークショップに舞い込むようになり、時間を要するこの本の修理がどんどん遅れ、そうこうしているうちにコロナ禍による休会に突入。
コロナ収束の目途も、ワークショップ再開の目途もつかず、もうこれ以上お借りはできない!とまとまった休暇を利用し、修理を行ったのでした。
このような貴重な本を長くお借りし、快く修理させて頂いた元上司のA氏には心から感謝申し上げる次第です。
本の修理の道は長し。
何事も経験と継続が要だと再認識するのでした。
資料保存WS
小梅