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図書館資料保存ワークショップ
[図書館に修復室をツクろう!]㊿
保存容器としての図書館

私たち資料保存ワークショップは、昨年、ほぼ一年間コロナ禍の影響で開催することが出来ませんでした。でも、このWEB MAGAZINE執筆者の小梅さんの活動のおかげで東京方面をはじめ、関西以外にも志を同じくする仲間を広げることができました。もうひとつには、図書館関係の団体の全国大会や各種研修会、講演会などがオンラインで開催され、現地に行かなくても参加可能になったこともプラスに働きました。

一昨年から足掛け2年に渡って、わたしたちは絵巻物を収める保存箱作りに取り組みました。そんな中、小梅さんは九州大学で開催された資料保存研修会に参加でき、保存箱の作成実習も経験されました。その報告をWEB MAGAZINEに掲載していただきました。図書館に修復室をツクろう!㊳図書館に修復室をツクろう!㊴をご覧ください。

それを皮切りに今年はオンライン開催された第106回全国図書館大会 和歌山大会(公開日程:令和2年(2020年)11月20日(金)~11月30日(月))の資料保存分科会で保存箱の実演動画に出演された東京都在住の図書館員Kさんとの交流ができました。以前からわたしたちのワーックショップに関心をもってくださっていたKさんが九州大学の講習会に参加なさった小梅さんと保存箱製作実演を巡って情報交換が始められたのです。

そして、コロナ禍の一年が過ぎようとする年末から国立国会図書館も全国の図書館むけに、“戦略的「保存容器」の使い方―さまざまなカタチで資料を護る―”をテーマに資料保存フォーラムをオンライン動画配信で開催しました。登録した人は2020年12月16日(水) ~2021年1月15日(金)の期間視聴ができます。このフォーラムを私も視聴し、改めて図書館の資料、蔵書を保存するということの原点を見直すことが出来ました。

このファーラムでの報告は4本。以下にタイトルとパネリストを紹介します。

報告1「正倉院文書の保存環境―保存容器を中心に」(60分)
高畑誠氏(宮内庁正倉院事務所保存課保存科学室員)

報告2「近代容器の起源と「防ぐ」保存の発展」(約47分)
安江明夫氏(資料保存コンサルタント、専門図書館協議会顧問)

報告3「保存容器さまざま : 資料移転のために作成した保存容器について」(38分)
山口良子氏(九州大学附属図書館収書整理課長)

報告4「国立国会図書館の保存容器」(40分)
関さやか(国立国会図書館収集書誌部資料保存課洋装本保存係長)

いずれもスライド上映をしながら講演される様子を動画配信したものでした。この講演のなかから、私の勝手な感想のみを記させていただきます。

まず報告2の演者安江明夫氏は図書館の資料保存はどうあるべきかを確立されたこの方面の第一人者です。2004年から2006年には国立国会図書館副館長も務められました。安江さんのお話はいつも何万冊、何千冊という大量の図書館資料を短時間で保護するのにはどうするのか?から始まります。

その発端は1966年に起こったイタリア・フィレンツェ・アルノー川の氾濫です。イタリアの国立中央図書館の所蔵するルネッサンス期の貴重な書物や美術品などが泥をかぶってしまいました。このときユネスコが資料救済に乗り出し、世界中の修復家を招集しました。なかでもイギリスの保存修復家 P.ウォーターズ等がリーダーとなり、一冊一冊を修理修復することはとうてい不可能なので、ひとまず汚れを落とした書物は箱に収める方針を立てました。これがこの後の図書館の大量な蔵書修復の初期初動手段として確立されます。

その後P.ウォーターズは1969年アメリカの議会図書館の初代修復部長に招へいされます。議会図書館のような世界有数の大図書館でも1969年に初めて修復部がつくられていたのだということに安江さんの今回の講演を聞いて初めて気がつきました。

私たちのワークショップの活動も10年や20年の時間経過では、なかなか思うように行くはずがありません。

ところで、この時の経験がもとになり、図書館の蔵書については「治す」より「(壊れるのを)防ぐ」方法をとるべきであるとの考え方が提唱され、広まって行きます。それは『容器に入れる』(1991年)、『「治す」から「防ぐ」へ』(1993年)などの本にまとめられ日本図書館協会から出版されています。

図書館の蔵書は読まれるためにあり、いま現在の姿をなるべく保ったまま読むことが出来る状態で保存されなければならない。ということを改めて確認させられました。

報告1は正倉院文書の保存についての講演です。この講演では、正倉院という建物全体が保存のための入れ物であると話始められました。まずこのことに目からウロコでした。確かに正倉院の校倉作りは高温多湿の日本の風土に良く適応しているということは、学校で学んだ記憶があります。

そして大きな保存容器である正倉院のそのまた中に、マトリョーシカのように文書を収めて保存している容器は「唐櫃」と呼ばれる杉製の箱で奈良時代のものもあり、現在でも保存容器として使用されている。その保存効果は①唐櫃内の温湿度(特に湿度)変動が緩和される。②紫外線を遮断できる。⓷生物の侵入を防止できる。④宝物の転倒・落下による損傷を防止できる。等がある。とのことです。唐櫃は奈良時代に作られたものも含めて、保存容器として現在でも重要な役割を担っているとの「まとめ」でした。(写真1)

(写真1) | 保存容器としての図書館 - 図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真1)正倉院の唐櫃(報告1「正倉院文書の保存環境―保存容器を中心に」配布資料より)

正倉院御物のような国の宝物が、木製の櫃に入れられ、さらに正倉院という建物全体が保存容器として機能している、より大きな保存容器に収められて奈良時代から使用され続け、伝えられて来たことに感動すら覚えました。

報告3は九州大学附属図書館が新築移転に際して、図書館資料を大量に一度に移動なさった時に作成された資料保存容器についての講演です。この経験をもとに、先に紹介しました小梅さんが参加した講習会が行われましたので、詳しい内容は小梅さんのWEB MAGAZINEの記事に譲ります。

しかし、ただでさえ大変な図書館の移転に際して、良くこれだけの資料保存への配慮、手当を実行なさったなあ。と感心しました。一方で移転でもなければ図書館の蔵書へのここまでの手当、予算は付かなかったのでは?と元国立大学の図書館員は疑心暗鬼に陥ります。九大の図書館の皆さんの蔵書への保存に対する意識の高さが思われます。

最後の講演は報告4「国立国会図書館の保存容器」です。日本で唯一の国立図書館である国会図書館には資料保存課があり、種々の資料保存業務に携わっておられます。1990年に資料保存課に「保存箱チーム」が発足します。このチームでは当初、館内で作成しやすく、保存性の高い保存箱とは?の検討を始めます。

国会図書館には時代を経た紙の劣化した資料、紙以外のレコード等の特殊な資料、パンフレットや雑誌のようにまとめて収納したい資料、台紙に貼られた写真、巻物や地図、屏風などの大型資料など実にさまざまな容器に収めたい資料を所蔵しています。中性紙の容器に入れることで、資料を保護できますが、ここでちょっと意外なお話がありました。

容器に入れることにより、写真のように「資料の取り扱いの注意を促す」シールを貼ることができるというものです。確かに、図書館では貴重書などには書架番号のシールを貼ったり、蔵書印を直接捺したりすることは絶対にご法度です。図書館資料は図書館利用者に手に取って読んでもらうことこそが第一の役目です。保存箱に収納することではじめて貼付可能になるこのシールは大事な利用者へのメッセージです。(写真2)

(写真2) | 保存容器としての図書館 - 図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真2)読者へのメッセージ(報告4「国立国会図書館の保存容器」配布資料より)

国会図書館では館内で資料保存課職員により作成された保存箱は2019年度で135点、館外施工業者(外注)による作製は2019年度で2,364点と報告されました。館内で作成される保存箱の標準的なものは二枚のボードを十字に組み合わせたものです。館内で作成にあたるので、種々の機器類も紹介されました。(写真3)

(写真3) | 保存容器としての図書館 - 図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真3)二枚のボードを十文字に組み合わせて貼る(報告4「国立国会図書館の保存容器」配布資料より)

私たちが厚さ1mmのボードで巻物の保存箱を作成しようとして、一番困難だったのはボードを折り曲げることでした。ここでは「筋押し機」と呼ばれる器械も紹介されました。これこそ私たちワークショップで待望したものです。(写真4)

(写真4) | 保存容器としての図書館 - 図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真4)筋押し機(報告4「国立国会図書館の保存容器」配布資料より)

そして、国会図書館は全国の図書館のまとめ役として、動画で見る資料保存:簡易帙をつくるなどで保存箱の作成方法などを一般向けに動画配信してもいます。ここで紹介されているのはKさんが全国図書館大会の分科会で実演を配信されたものと同形式の帙で糊で貼ることも、紙を裁断することもせず、資料を包むタトウ式の保存容器を手軽に作ることができるものです。プレゼントのラッピングにも喜ばれます。

国会図書館からの報告では最後に災害時の保存容器の活用と効用について、「保存容器は資料に万が一のことがあった場合の最後の砦であり、最強の砦」とまとめています。フィレンツェのアルノー川の氾濫から始まった現代資料保存容器の原点に立ち返っています。未曾有の災害が発災する今、特に水損を重大ななダメージとする書籍などの紙資料に対して「保存容器に入れる」という保護の方法は、今また今日的な資料保存手段となっているのです。

保存容器ではないのですが、韓国国立中央図書館が資料保存教育動画を配信しています。韓国語が分からなくても、資料の扱い方がとても分かり易く作られています。昨年、本年に限らず、いろいろなことをオンラインで配信する必要が生まれてきました。図書館資料保存の分野でも動画作成・配信のスキルをも磨かなくては!ということでしょうか。

図書館資料保存ワークショップ
M.T.

(写真1) | 保存容器としての図書館 - 図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真1)正倉院の唐櫃(報告1「正倉院文書の保存環境―保存容器を中心に」配布資料より)

(写真2) | 保存容器としての図書館 - 図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真2)読者へのメッセージ(報告4「国立国会図書館の保存容器」配布資料より)

(写真3) | 保存容器としての図書館 - 図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真3)二枚のボードを十文字に組み合わせて貼る(報告4「国立国会図書館の保存容器」配布資料より)

(写真4) | 保存容器としての図書館 - 図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真4)筋押し機(報告4「国立国会図書館の保存容器」配布資料より)