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紙ノ余白
『私の師匠について』続:石州和紙

西田和紙工房7代目西田誠吉さん

石州和紙(手漉き和紙)が何かも分からない私が、初めて伺ったのは、西田和紙工房7代目西田誠吉さん(62歳)のところでした。
(以下、私の普段通り「誠吉(セイギ)さん」と呼ばせていただきます。)

夜行バスで2月のまだ真っ暗な早朝に降りた三隅町の中心部で、ちょっと途方に暮れながら「着きました」と電話をして、軽トラで迎えに来てもらいました。
自宅でお話しさせていただき、僕は、後継者とか、次世代を育てるなんて、紙漉きが生き残るのが非常に難しいこの時代に、ようそんなことはせんと、紙漉きを教えて、その後の人生まで責任がおえんと、「だから、僕は弟子はとらない」と、仰っいました。
関わる相手への責任感とご自身の誠実さからのやんわりとしたお返事でした。
それでも、町内や他の工房を案内して下さって、その晩には、近所の方を招いて自宅で夕食会をして下さいました。
そこで語られるお祖父さんの時代の紙漉きの話や、見せて下さる貴重な資料や、何より三隅の方々の温かい人柄に私はすっかり魅力されました。

「兀々黙々」が好きな言葉というのがお人柄そのまま。 - 西田和紙工房

「兀々黙々」が好きな言葉というのがお人柄そのまま。

一気に目の当たりにした紙漉きの世界に興奮と混乱と共に一旦京都に帰り、その後、自分の思いを手紙にして、私は数週間後から、手漉き和紙どっぷりの日々を送ることになりました。

誠吉さんは魔がさした、と、その後、私を受け入れて下さった理由については仰います。

西田和紙工房。左から右へと和紙が生まれる順に間取りが組まれている。目の前には田んぼが広がる。 - 西田和紙工房

西田和紙工房。左から右へと和紙が生まれる順に間取りが組まれている。目の前には田んぼが広がる。

石州和紙の良い特徴として、産地の4件の工房がそれぞれ個性を持って、紙漉きや加工をしています。
代表的で伝統的な石州半紙は皆同じものを漉きますが、楮だけではなく、三椏、雁皮を原料に、表具用紙、書道用紙、版画用紙など、分野に特徴を出しながら、各工房それぞれの販路を持っています。

西田和紙工房では、国宝や重要文化財の修復で用いられる下貼りの和紙を漉いています。
また地元で盛んな石見神楽の面の張り紙や大蛇の胴体の和紙を漉いているので、神楽社中の若衆が和紙を求めに、頻繁に工房を訪れます。

大蛇の胴体になる和紙「蛇胴紙(ジャドウシ)」。楮の皮を丸ごと使うので、緑がかった茶色をしています。 - 西田和紙工房

大蛇の胴体になる和紙「蛇胴紙(ジャドウシ)」。楮の皮を丸ごと使うので、緑がかった茶色をしています

誠吉さんは、京都で友禅染めの職人をされていた経歴の持ち主で、30代頃三隅に帰ってきて、自分の紙漉きをして、自分の販路を持つという難しさに直面されたそうです。
様々な紙漉きの試行錯誤と、全国へ営業をして、あの頃はなんでもした、とその話題になると、奥さんとうなづきあって仰います。

昔のインタビュー記事に、

「伝統だとか古風だとか見られがちですが、そういうことに対して意気込んで全く新しいものを作ってやろうとか、工程を変えてやろうとかは思っていません。自然の流れの中で生まれた和紙がたまたまその時代に適応すれば良いのではないかと思っている。」

という誠吉さんのコメントがあって、全くその通りで、今でもそのままそのスタンスは変わっていないと思います。
ただ、紙漉きにおいての昔の手法を守るとはいえ、その和紙が使われる需要の見極めと戦略を常に考えておられ、数年、十数年先に原料となる楮の株の保全や、道具を新調修繕する技術者の応援をされています。

簀桁はダイレクトな手漉きの道具、年々手に入れるのが難しくなっている。 - 西田和紙工房

簀桁はダイレクトな手漉きの道具、年々手に入れるのが難しくなっている。

父と息子は漉き舟を並べるだけで、言葉では何も教わらない教えないのは、お祖父さんと誠吉さんもそうで、誠吉さんと息子さんもやはりそうです。
今は、息子さんの勝さん(30歳)が、自分の紙漉きについて向き合う日々を過ごしています。

1日漉いた和紙に夕陽が当たる。日々また季節と、自然の流れと共にこれからも和紙は生まれていく。 - 西田和紙工房

1日漉いた和紙に夕陽が当たる。日々また季節と、自然の流れと共にこれからも和紙は生まれていく。

各工房とも息子さん達や娘さんが技術の継承に切磋琢磨されています。
また最近では長年、石州で修行を積んできた県外の若手の女性達が新しく工房を立ち上げました。
また、西田和紙工房では地元の若い女の子が、修行をしていて、最近では、「おっ」と思う気迫こもる和紙を漉くようになりました。
年々産地を取り巻く事情や、それぞれの人生のタイミングが交錯して、徐々に変化はしていますが、これからも、「日常」として紙漉きが受け継がれていく産地だと思います。

西田和紙工房7代目西田誠吉さん - 西田和紙工房

「兀々黙々」が好きな言葉というのがお人柄そのまま。 - 西田和紙工房

「兀々黙々」が好きな言葉というのがお人柄そのまま。

西田和紙工房。左から右へと和紙が生まれる順に間取りが組まれている。目の前には田んぼが広がる。 - 西田和紙工房

西田和紙工房。左から右へと和紙が生まれる順に間取りが組まれている。目の前には田んぼが広がる。

大蛇の胴体になる和紙「蛇胴紙(ジャドウシ)」。楮の皮を丸ごと使うので、緑がかった茶色をしています - 西田和紙工房

大蛇の胴体になる和紙「蛇胴紙(ジャドウシ)」。楮の皮を丸ごと使うので、緑がかった茶色をしています。

簀桁はダイレクトな手漉きの道具、年々手に入れるのが難しくなっている。 - 西田和紙工房

簀桁はダイレクトな手漉きの道具、年々手に入れるのが難しくなっている。

1日漉いた和紙に夕陽が当たる。日々また季節と、自然の流れと共にこれからも和紙は生まれていく。 - 西田和紙工房

1日漉いた和紙に夕陽が当たる。日々また季節と、自然の流れと共にこれからも和紙は生まれていく。