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京都大学図書館資料保存ワークショップ
[図書館に修復室をツクろう!]92
湯川秀樹・西田幾多郎・西山卯三資料
―図書館に収まらない?学術資料―

WEB MAGAZINE「図書館に修復室をツクろう!」76(2023年3月15日号) <伝統と継承>と題して湯川秀樹博士が最期まで住まれた下鴨のお宅と、そこに遺された蔵書、手紙、ノート、書画などの整理と保存活用について記しました。
これら博士の旧宅と資料類はすべて「長谷工コーポレーション」が取得し、京都大学に寄贈されました。

最近、湯川博士だけでなく、京都大学縁の学者遺贈資料についての報道が続いています。

時系列順に記しますと。

その1「西山卯三と昭和のすまい・まちづくり展」のお知らせ。2024年2月22日京都新聞の報道で、京都府立京都学・歴彩館で開催されるもの。
西山卯三は大阪生まれ、京都帝国大学建築学科に学び、1953年には新制京都大学西山研究室を発足させ、1974年、京都大学を退官、名誉教授という経歴。
退官前後から日本のすまいに関する著作、歴史的町並みの調査や保全運動の支援など実践活動に精力的に取り組む。
1994年逝去5ヶ月後には教え子たちによって「西山卯三研究会」が発足、自宅全体に遺されたほこりまみれの資料整理が始まるが、翌年には阪神・淡路大震災発生によって作業は中断。
その後、1996年積水ハウス株式会社によって同社総合住宅研究所内のスペースに全資料が受け入れられ、1999年NPO法人の認証を受け「NPO法人西山卯三記念すまい・まちづくり文庫」が発足し、資料の保全・公開などの活動を継続。
没後30年、文庫創設29年の2024年、その所蔵資料が京都府立京都学・歴彩館に寄贈され、記念シンポジウムが開催されるという報道でした。

写真1 | 湯川秀樹・西田幾多郎・西山卯三資料 ―図書館に収まらない?学術資料― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

その2「哲学者野田又夫蔵書や草稿発見」2024年4月22日京都新聞記事。
哲学者・西田幾多郎を源流とする新しい戦後の京都哲学の流れを作ったとされる野田又夫(1910~2004)の蔵書や草稿が京都市内の遺族宅で発見され、段ボール約10箱を京大文学研究科の出口康夫教授が引き取った。
西田幾多郎の孫弟子にあたる出口教授によれば、野田は、「戦時体制への協力の責任を問われた京都学派の仕事を批判的に受け止め、<京大哲学の再建を担った>」。特に西洋哲学の精緻な文献読解を踏まえた方法論を導入したという。
発見された史料からは、国内外の研究者たちと時に分野を越えて活発に交流したことも裏付けられる。
戦後間もない1954年スタンフォード大学で講演した英文原稿、仏教学者梶山雄一、中国哲学者福永光司、プラトン専門家藤沢令夫と開いた研究会の記録も見つかった。
出口教授は「今後、目録化してインターネットで公開できるようにしたい…」と望んでいる。

その32024年6月27日京都新聞報道。「哲学者西田幾多郎らの京都学派研究支援京大が基金創設」の見出しで、京大出身でKDDI共同創業者の千本倖生さんから3億円の寄付を受け、2024年度から10年で、京大文学研究科の日本哲学史専修に助成し、人材育成や史料整理に充てる。というものです。
寄付を受けての発表会場は、湯川博士旧宅の<京都大下鴨休影荘>、その2に続いて、西田幾多郎の京都学派哲学の資料継承関連のニュースです。
千本氏は「ビジネスの世界のトップにも哲学は必要」と指摘、記者会見の場では京大文学研究科の日本哲学史専修の上原麻有子教授は寄付への謝意を示したうえで「日本哲学の新たな展開と深まりを世界に発信したい」と語ったと報道されました。

筆者は京都大学で30数年図書館職員として働きました。現役で仕事をしたほとんどの期間を京大にお世話になりました。退職して21年になりますが、いまだに京大の先生方の遺された蔵書や史資料のニュースを目にすると気になります。

図書館は主として何千、何万と同じものが刊行される図書・雑誌を情報源として、必要とする利用者に提供する役割を持っています。
また、名誉教授の旧蔵書などは<~文庫>と名付けて大事な所蔵資料として保存し、学習・研究のための利用に供しますが、著名な学者方の研究史料、研究ノート、研究会資料、また本ではあっても「書き込み」があるものは、刊行された「本」とは異なり、ほとんどがこの世に唯一の一点ものになります。

この一点ものの史資料を収蔵し、利用提供しているのが、「文書館」です。
『文書館のしごとアーキビストと史料保存』(新井浩文著吉川弘文館2024年4月出版)によりますと、“図書館との違いは図書館が刊行物などの二次資料を主に扱うのに対して、文書館はこの世に一点しかないオリジナルな一次資料を主に扱う[…略]一点重視型の博物館資料に対して、(〇〇家文書というように)資料群ごとに取り扱う[…略]自治体や学校、会社といった各組織がみずから作成した文書や記録を広く市民や県民のために、未来まで保存・公開する施設である。”と図書館・博物館との違いを定義しています。

湯川秀樹・西田幾多郎・西山卯三資料 ―図書館に収まらない?学術資料― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

上に記したように、図書館が扱う刊行物も刊行当時は何万部と同じものが出され、図書館に受け入れられますが、それぞれの図書館で利用され、時を経て、来歴といわれる変化を身に着けていきます。長い歴史を経ると一点ものになって行きます。

それにしても博物館や文書館と図書館は“広く市民や県民のために、未来まで保存・公開する施設である。”というよく似た、いや同じ役割を持っているのではないでしょうか?

大学に文書館や博物館が設立されたのは図書館に比べるとその歴史は短いと言えます。
京都大学では、京都大学総合博物館は1997年、京都大学大学文書館は2000年に設置されました。一方、京都大学附属図書館は1897年に京都帝国大学創立と同時に設置されています。
図書館が扱ってきた紙の資料に関して、その保管・修理などについても図書館での歴史の方が古いと言えるでしょう。
近年図書館でもアーカイブズという言葉をよく耳にします。
図書館においては、歴史的意味をもつ資料をデジタル化し、インターネットで公開するという活動を指します。このアーカイブズという言葉、施設としての文書館を指すものでもあるようです。

とにもかくにも、オリジナル学術資料が大学に寄贈されたり、受け入れられたりする歴史的時期が巡って来ているようです。

湯川秀樹博士の資料整理にあたられたEさんのご経験をうかがっても、ほこりまみれの、カビさえ生えた資料の扱いは、健康被害も懸念される、作業者には負担の大きなものです。是非大学内で、未来まで保存・公開する共通の役割を持つ施設である博物館(Museum)+図書館(library)+文書館(Archives)が協力体制を強化して、大学として責任をもって貴重な史資料を伝えて欲しいと望みます。

終わりに、修理系司書の集いは、本年も図書館総合展2024年ポスターへ出展しています。2024年度第1回のポスター展示は、2023年に行ったアンケートの一部、<カビ>についてのアンケート設問に寄せられた回答の部分の分析編です。
例えば以下の様なアンケート設問に対して

“【設問カビ系-4】寄贈されたばかりの蔵書家旧蔵資料。50年くらい前のスウェード装の表紙の資料集。中には写真や図版が貼り付けられている。寄贈された段ボールから出したところ、表紙全面にカビが生じているのを発見。当館では今後特殊文庫として保管する予定である。”『図書館総合展2024「修理系司書の集い」ポスター発表「詳しく見てみよう「修理する?しない?‐資料保存の現場見える化アンケート第2弾‐」の回答」より』

寄せられた回答をマトリックス化し、さらにメンバーの意見交換を座談会風にまとめました。
いざ、図書館にこのような資料を受け入れる場合、図書館現場ではどのように対処するのか、さまざまな回答が寄せられました。私たちメンバーにも新たに勉強したり、実験したりする課題が見えてきました。

紙の史資料をデジタル化し、データを保存公開して、インターネットで広く世界中で活用されることが、当たり前になりました。
一方、デジタル化された元の紙の史資料の管理・保存・修理などへの対処には、とても困難な状況が出現しているのではないでしょうか?

図書館にとっても重い課題だと思います。

図書館資料保存ワークショップ
M.T.

写真1 | 湯川秀樹・西田幾多郎・西山卯三資料 ―図書館に収まらない?学術資料― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

湯川秀樹・西田幾多郎・西山卯三資料 ―図書館に収まらない?学術資料― - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

図書館資料保存ワークショップのメンバー二名が参加している図書館総合展「修理系司書の集い」ポスター展示は
昨年2023年修理する?しない? -資料保存の現場見える化アンケート第2弾!- | 図書館総合展 (libraryfair.jp)
2022年資料保存の現場見える化アンケート | 図書館総合展 (libraryfair.jp)
でご覧いただけます。

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