池ヶ谷紙工所
第8回「トレーニングについて 後編」
様々なロールの修復方法
「上下のロールがうまくかみ合うようにメンテナンスする」のがトレーニングの目的なのですが、その手法にはいくつかの方法があります。
両面エンボス時の下ロールが硬いままでは以前の柄が消えにくく上ロールの柄が写りにくいため、下ロールを熱や水分で柔らかくするのは広く行われているスタンダードな手段だと思います。水や洗剤や柔軟剤を使用したり、ヒーターやドライヤーで温度をあげるなどの方法で、ペーパーロールを柔らかくします。
片面エンボスでも圧をかけて上ロールの柄をシートに転写していくうちに、下のゴムロールにもその柄が写って影響が出てくることがあります。ゴムは自発的に元の形に戻りやすいので手入れが楽なのですが、強く柄が残る場合は研磨によるメンテナンスを行います。片面エンボスなら両面エンボスよりもトレーニングの時間はぐっと減るのですが、構造上浅めのエンボス向きということもあり、持ち込まれる案件との相性もあって弊所ではほぼ全ての作業を両面エンボスで行っています。
弊所で行っているトレーニング方法ではなく、聞いた話になるのですが、「ロール凹部に他のペーパーロールを移植して埋める」という手法もあるそうです。凹部にボンドを流し込み、削り取ってきた他のペーパーロールを貼り付けて研磨し、表面を平らにするそうです。
しかし私が思うに、この手法はロールを回しているうちに埋めた部分が取れるかもしれないというリスクがあると思います。また、厳密なことを言えば、同じペーパーロールとはいえ素材が違う異物が入るわけですから、圧のかかりに差が出てくる可能性もあります。たくさん修理箇所があればよりリスクや影響は増していくでしょうし、あまり自然な手法ではないかなというのが正直な印象です。
この手法を採用していると聞いたのは、住宅用壁紙などのエンボス加工という話ですので、おそらくそれほど柄の細かさやズレを気にしなくてもいいという側面もあるのでしょう。
ロール販売会社に持ち込めば研磨してくれる場合もありますが、機械やロールを長く預けたり、手を入れることでギアの具合に変化があったりという側面もあるので、そう頻繁には出せません。各業者それぞれに試行錯誤された独自のトレーニング方法を持っていると思います。
最終的な製品の仕上がりを想定
エンボスひとつひとつの入り方の違いやズレはほんのわずかな差ですが、このトレーニングによる調整作業をおろそかにしてしまうと、エンボスを入れ終わった後にシート全体で最終的に大きな差となって現れることがあります。
幅が広いシートなら、左右の深さに差があると少しずつ無駄な力がかかってシートにシワが出てしまいます。そのため、シートに均等に圧がかかるよう特に注意を払わなければなりません。
次の工程で箔押しを行うシートなら、エンボス柄が強すぎると箔押しの邪魔になることがあるので、やや浅く入れるように心がけています。ただ浅すぎて柄が薄いのはクライアントさんに敬遠されがちですし、かといって深く入れすぎるとシート自体のカールや膨らみを引き起こすこともあります。
印刷工程のひとつを受け持つ身として、最終的な製品の仕上がりを想定したエンボス加工を行うようにしています。
トレーニングは経験の積み重ね
トレーニング作業というのは、表に出ない裏方の作業です。メンテナンスの一種ではあるのですが、「望ましい状態が決まっていて、それを目指して調整する」という類のものとは、少しニュアンスが違います。私個人の感覚としては、もっと手探りといいますか、最適な状態をその都度探りながら調整していく感じでしょうか。
シートとなる素材の種類だけでも幅が広いですし、同じ種類の素材でも厚み・硬さ・幅が変わってくれば、エンボスの入り方は全然違ってきます。さらにそこに温度や湿度などの外的要因が加わります。うまく入ったと見えても、ロットをこなすうちに入り方は変化していきますし、ロール・シート・機械それぞれに固有の「クセ」もあるため、各作業所の独自性の強いものです。
そんな中、やはり一番の指針は「お客様のご要望に応える」ことです。どのような理由で、どのようなエンボスを必要としているのか。それを実現するために、適切なトレーニングの方法・タイミングを見極めるように、日々心がけています。