図書館資料保存ワークショップ
[図書館に修復室をツクろう!]89
資料保存ワークショップ番外編「修理の日」
画集の修理の記録 Vol. 10
図書館員による実験的本の修理の連続記録です。
2024年3月2日(土)と4月6日(土)の2日に渡る記録です。
前回は、2024年1月13日(土)と2月10日(土)の2日分の作業として、綴じ終えた本文をかがり台から外し、膠で背固めをしたところまでの記録を書かせてもらいました。
この後は、背固めした背に寒冷紗を貼り、表紙、裏表紙に貼り付いた色見返しの下に、本文の支持体と寒冷紗を入れ込む作業を進め、そして完成となるわけですが、その前に!
小さなお楽しみ。花布(はなぎれ)作りが残っていました。
花布は、バトネと呼ばれる芯を背の天地に固定し、糸で本文に編みつけてゆく、本文の綴じの部分を保護する役割を担っている本を構成するパーツのひとつですが、デザイン性を盛り込んで、複数の糸で編んでカラフルにされたものもあります。現在流通する多くの本の花布は、本文に編みつける作業を省略したもので、バトネに布を糊で巻き付けたものを本文に糊付けした花布がほとんどです。これはこれで、色や柄を楽しむことができます。
花布は、本における甘美なチラリズムだと思う私です。
この画集の元の花布は、青色の布製でした。アトリエにちょうどよい風合いの青色の革の端切れがありました。主宰T氏の提案で、今回は革の花布を作ることに。
ルリュールにおける革の扱いの話は、動物の種類、革の質感や表情、それから、削ぐ作業とその道具について等、当ワークショップ内でよく話題に上がるので興味がありました。わずかな部分ではありながら、本に革を施せることが個人的にうれしい私です。
3月2日(土)は、背固めで生じた膠の凸凹の掃除と、背に貼る寒冷紗を入れ込むため、表紙ボードから色味射返しを一部剥がす作業を。
4月6日(土)はメスや革包丁を使って、革削ぎの練習をみんなで行いました。
■ 背固めの掃除
まだ寒い時期の作業でアトリエの暖房の加減か、背固め途中に膠の表面のかたまるスピードが速く、少し凸凹が出来てしまった。
本文を手締めプレスに挟み、コビト―やスパチュラ(医療用やプラモデル工作用等)、コルクにサンドペーパーを巻いたもので表面にできてしまった膠の凸凹を落とす。
※ 綴じ糸を切らないように注意。
■ 表紙ボードから見返しを少し剥がす
花布を付けた後に表紙と本文をつなぎ合わせるため、本文の背に貼る寒冷紗の端を表紙と既存の色見返しの間に入れ込むための作業。
見開いた状態の表紙、裏表紙共に背側から1cm幅分ほどをめくる。
色見返しと表紙ボードの間に、端からスパチュラを表紙ボードに対して鋭角に差し込み、もう片方の手で少しずつ見返しを持ち上げ、スパチュラで見返しを持ち上げるように少しずつ進める。
※ 色見返しと表紙ボードの間に、元の寒冷紗の役割をしていたモスリンのような生地が出て来たので、糊が強く、色見返しが破れそうだったこともあり、そのモスリンと表紙ボードの間にスパチュラを入れて、色見返しとモスリンを一緒に引き上げる形になった。
~ 革削ぎの練習(革の花布作りに向けて) ~
使用した革は厚さ0.7mmくらいの端切れ。
繊細な薄さで皮を削ぐことができる丸刃のメス(医療用)を使用しました。
下敷きには、石版や平らなガラス板がお勧めだそう。
当アトリエには、故山野上禮子氏や製本の先輩方から譲り受けた石版が3つもあります。
うっすら印刷に使われた痕跡が表面にある当アトリエの石版。
どんな風に印刷に使うのだろうとみんなで話していたタイミングで、朝ドラ「らんまん」で石版印刷が取り上げられ、メンバー間では、当時石版ブーム。朝ドラのシーンと石版の会話でもちきりになったことも。
どう使ってよいのか分からなかった石版も、この作業でその効果を実感しました。
平らな石の面が固すぎず、柔らかすぎずで、ちょうどよい具合に革を固定し、刃を滑らせてくれるのです。
メスは非常に繊細な動きをしてくれます。
ですが、刃先が細かいので、革全体の厚みを均一にするのが難しく感じました。
メンバーの一人が革包丁を持ってきてくれていたので、道具珍しさで少し扱わせてもらいました。
先が丸く、メスに比べ広い面で革に当てることができるので、厚さを揃えやすそうです。
シャリ、シャリ、と革のスエード部分を刃物でこそぎ落とす作業。気持ちがよく、無心になれます。
しばし、沈黙、没頭の心地よい時間でしたが、集中しすぎると、向こう側が見えてしまうので慎重に。
事実、私の練習した革は、透かして見た主宰T氏に「うっすらお星さまが見えるわね。」と言われてしましました。
厚さ測りで、だいたい0.1mmでした。
本番用に使う皮は、以前製本に使われかけたもので、縦半分に糊が引かれていました。
この日は、メスで糊をこそぎ取る作業も。
メスも革包丁も、使っているうちにみるみる切れ味は落ちますが、革包丁と合わせてメンバーが持ってきてくれていた砥石ならぬ砥革?で刃先の表裏を撫でるようにすると、少し切れ味が戻るのです。
スエード様の革に研磨剤入りの油?が浸透されているもので、調べてみると、革砥(かわと)と呼ぶものなのだそう。
それにしても色んな道具があるものです。製本を学ぶと、その道具の種類の多さにいつも驚かされます。
革の上に引かれた薄く硬化した糊を、余計な革を落とさないように剥がすのは、前述の革だけを削ぐ作業より力加減も、メスの角度も難しく、時間がかかりますが、これも没頭させられるタイプの作業。
無心で手を動かすことのセラピー効果を実感した一日でした。
本番用の花布作りは次回へ。
※ここでご紹介することは、図書館の現場で行うのに適した修理方法では無いかもしれません。
使用した洗剤や薬品を含んだ材料が経年で本自体にどのような影響を及ぼすかは正直予測できません。
そんな方法もあるのか~といった感覚でご覧ください!とお伝えしておきます。
修理の依頼者には承諾を得た上で実験させてもらっています。
これまでの記録はこちら。
・Vol. 1
2022年6月4日(土)
本文と表紙を外し、本文の綴じ糸を切り、全ページをばらしてクリーニング。
https://letterpresslabo.com/2022/06/15/kulpcws-column67/
・Vol. 2
2022年7月2日(土)
弱アルカリ性のお掃除シートと弱アルカリ性洗剤(希釈)を使った表紙クロスの汚れ落とし比較。
https://letterpresslabo.com/2022/08/15/kulpcws-column69/
・Vol. 3
2022年11月5日(土)
塩素系漂白剤を使った画集の表紙についたカビやフォクシングと思われるシミの部分的漂白実験。
https://letterpresslabo.com/2022/12/15/kulpcws-column73/
・Vol. 4
2023年1月7日(土), 2月4日(土)
Vol. 3の実験を活かして本番!塩素系漂白剤を使った画集表紙裏表紙のクロス漂白とリンス
https://letterpresslabo.com/2023/02/15/kulpcws-column75/
・Vol. 5
2023年4月1日(土)
印字のある背表紙クロスの漂白
https://letterpresslabo.com/2023/04/15/kulpcws-column77/
・Vol.6
2023年5月6日(土)
元の表紙に収まるか?綴じ直しの綴じ方と使用する糸の寸法確認
https://letterpresslabo.com/2023/06/15/kulpcws-column79/
・Vol.7
2023年7月15日(土)
背表紙内側に着いた寒冷紗?とそこについた硬化したボンドの掃除とその道具について
https://letterpresslabo.com/2023/08/15/kulpcws-column81/
・Vol. 8
2023年9月9日(土)と10月7日(土)
かがり台を使って綴じる!
https://letterpresslabo.com/2023/10/15/kulpcws-column83/
・Vol. 9
2024年1月13日(土)と2月10日(土)
かがり台から外して背固めをする
https://letterpresslabo.com/2024/02/15/kulpcws-column87/
資料保存WS
永田 千晃(小梅)