図書館資料保存ワークショップ
[図書館に修復室をツクろう!]53
春の読書感想文「書医あづさの手控(クロニクル):書誌学入門ノベル!」
「書医」という職業をご存知でしょうか。
今回は、当ワークショップのメンバーから教えてもらったこの物語の読書感想文です。
「書医あづさの手控(クロニクル):書誌学入門ノベル!」
白戸満喜子著
発行者:文学通信 2020.12
ISBN:ISBN978-4-909658-41-8
「書医」という職業は架空であるが「書物を専門に治す職業」であるとこの本にある。
実際存在する職業では、修理装潢(そうこう)師に近いだろうか。
この本の著者による造語のようだが、元々あった言葉では?という思いがぬぐえないのは、本の修理、修復に携わる人、それを生業とする人のことを、私はそのように感覚的にとらえていたからかもしれない。
私にとっては、本の状態を診る人、直す(治す)人、は本のお医者さんなのだ。
実際、カルテも書く。(カルテについては、[図書館に修復室をツクろう!]㉛「カルテ」、そして本の「保存」と「読めるように伝える」もご参考に。)
なるほど、「書医」でインターネット検索すると、この本のことばかりが結果に上がってくる。もはやこれは「書医」の本だ。
物語のストーリーは、東京にある書医「寿久里」を舞台に、その工房を実家とする双子の姉妹、勝(すぐり)あづさとさくらが出会う古書とその装幀や使用されている材料について、工房の職人や大学教授、紙漉き職人達と関わりながら考察を深め、「寿久里」の跡継ぎへの思いに目覚めてゆく物語である。
以前、こちらで読書感想文を書かせてもらった小説「菜の花工房の書籍修復家」
([図書館に修復室をツクろう!]㊺夏の読書感想文「菜の花工房の書籍修復家 : 大切な本と思い出、修復します」)
若いお嬢さんが本の修理・修復への志を熱くし、その道で生きてゆくと覚悟に似た決意をするまでの道のりを描いているところは共通している。
「書医あづさの手控:書誌学入門ノベル!」の素晴らしいと思うところは、専門用語の解説が登場人物の会話の中にたくさん盛り込まれていること。
取り上げられる本は主に、和本、漢籍、朝鮮本だが、取り上げられる古書の特徴を読みながら、どんな本なのか、その本の状態に想像をめぐらすのが楽しい。
それから、巻末収録の付録「浅利先生の書誌学講座」は、図解付きで初心者には教科書のように親切な内容であること!
例えば、
紙縒りに使われる和紙は「石州和紙」が多いこと。
下綴じに紙縒りを結んで使っているのは和本だが、漢籍は通すだけで結ばない。
<そうてい>には「装訂」「装丁」「装釘」「装幀」と複数の書き方があること、
またそれぞれの書き方の由来について書かれていたり、
和本や漢籍の綴じ方は、四つ目綴じ「四針眼訂法」で、朝鮮本では、五つ目綴じ「五針眼訂法」。紙は、中国では竹紙を使う。とか。
朝鮮本は、楮紙で作られるそうだが、韓国の楮と日本の楮とは使われる繊維の性質が異なる。それは、韓国では楮の生えるところへ漉き手が移り住み紙漉きをしたが、
日本では楮を移植して育てた。また日本では、春~冬至の頃に楮を刈り取るが、韓国では、2,3年かけて楮を育てること。生育環境や刈り取る時期の違いがあり、韓国の楮紙は強靭であること等々。
NDC(日本十進分類法という図書の分類法)で私が分類するとしたらば、
日本文学>小説、物語の913ではなく、020の図書、書誌学と採り、配架したい。
登場人物の一人、国立古籍館の修補師長・忍野さんがあづさにかけた言葉
「書医の基本は紙を知ること、知ろうとすること。」だと。
物語中の和紙についての記述には、先日の向日市文化資料館での寿岳文章氏の展示「寿岳文章 人と仕事」展であった多数の和紙の展示を思い出し、紙を知ることにももっと力を入れよと言われているような気がした。
(「寿岳文章 人と仕事」展については、前回のWEBMAGAZINE「[図書館に修復室をツクろう!]52ある向日庵本」もご参考に。)
ところで、書医「寿久里」は京都にもある設定なのだが、
途中、あづさとさくらの京都への引っ越しで舞台が京都に移動する。
東京の工房から訪れたクニさんを連れて行った祇園の甘味処とは、あそこだろうか。
御池周辺の古書屋さんとは、あの辺りだろうな、とか。
一番興奮したのは、さくらのアルバイト先の図書室である。
絶対にあれは私の異動前の職場の分館がモデルだ!などと、実存する施設を物語の中に勝手に登場させながら読み進めてしまった。
本誌にはところどころ挿絵があるので、私の頭の中ではイラストで広がる人物や景色に時折実際の景色が組み合わさるような感覚もあり、楽しめた。
この本を勧めてくれた当ワークショップのメンバーが、京都のイケズなおばさんが出て来るよ、と言っていたが、その登場人物の語尾を伸ばすような特徴的な京都弁には、私が幼い頃からの知人で街中でお商売されてる、あるおばさまが浮かんでしまった。
断っておきますが、その方はイケズではないです。
想像もつかないところでご縁というものは繋がっているものなのだろうか。
これは個人的なことだが、ある農家さんから、良質な土で育てられたお野菜を時々取り寄せて大変おいしく頂戴しているのだが、その方が著者の白戸満喜子先生のご親戚だったということを後から知り、びっくりしている。
そのお野菜をエネルギー源とし、この本を読み、思考し、この感想文を書くことになっている不思議。
「もの」としての古典籍を読み解く参考書の一つになるような本。
図書館関係者はもちろん、古典籍を扱うお仕事の方、書誌学に興味のある方、紙の好きな方にお勧めしたい本です。
春の読書感想文でした。
資料保存WS
小梅